2012年01月27日
三方原用水

昨日は三方原用水議連で視察を行いました。
三方原用水は、天竜川にある秋葉ダムから延々と浜松まで持ってきている用水で、農業用水、工業用水、そして生活用の上水として活用されています。
三方原台地の農業地帯は、満州から帰ってきた人たちが生活するため、このあたりの軍用地を開墾したことに始まります。水が不十分で、強酸性の土地であった三方原が、この用水が整備されたおかげで、浜松の農業を支える地域に変貌したのです。
しかし、昭和35年の着工から実に50年以上が経過し、設備の老朽化が問題になっています。いろんなところにガタがきて、水が漏れ始めているのです。また、当初に比べて畑地かんがいが増えたため、苗つけなどの時期に合わせて機動的に水を手配できる仕組みが求められてきました。そのため大規模修繕の必要が出てきたのです。
今回見た大規模なサイホンやトンネルなどは、現行施設を活用しながら樹脂被覆などで漏水防止と長寿命化を図ります。また、最近の監視機器を導入し、省人化と合わせて機動的な水管理を出来るようにします。
TPP問題が一時騒がれて(いつの間にか下火になりましたが・・・それにしても日本人というか、日本のメディアというか・・・本当に飽きっぽいですね。)、農業をつぶすだの守るだのという議論が盛り上がった時期がありましたが・・・TPPに参加するにせよ、しないにせよ、日本の農業再生は必要です。
そのための一つの答えが、最新の技術との融合による、高度管理です。これは、日本にしかできない技術と言えるでしょう。確かに、長年培ったカンによる農業が基本ですが、残念ながらそれでは、21世紀には産業として成立しません。自民党政権時代も、また民主党になってからも、装備もなく規模も小さい農家を基準として政策を組み立てたため、日本の農業のレベルが上がりませんでした。
一方で、頑張る農家、経営体として成功している農家は、そんな政府の政策など待っていられないとばかりにがんばって、十分な装備と収益性を確保してきました。いずれにしても、日本の農業が目指す姿は、世界最高の品質と、世界最高の安全性です。それを、後継者に世代交代しながら高めてゆける仕組みの構築です。
いま、国会は消費税の事前協議をするとかしないとかでグダグダやってますが、そんな悠長なことをやっている時間があるのでしょうか。そんなことをしているうちに、どんどん財政は悪化するし、諸外国はどんどん政策を打ってきます。日本の政治が見失っているのは、また決定的に欠けているのは、スピード感です。
今回視察した水の確保は、農業の高度装備の第一歩です。こんごさらに、情報技術や制御技術を駆使して、最高の農業を創り上げなければなりません。その点では、オートバイや自動車の世界で、世界最高のものづくりを実践してきた浜松地域の強みが生かせると確信しています。
既得権にとらわれず、未来志向で、最高の農業を創り上げるにはどうすればいいか、日本の農業を再生し、後継者問題を解決するにはどうすればいいかを、今後関係機関と協議して合意に向けて取り組みたいと思います。
2012年01月21日
天竜川でのみそぎ

今日は神社庁の青年部の皆さんとともに、天竜川のみそぎに参加しました。
例年よりは少し暖かかったようですが・・・家を出たときは外気温は5度。
ふんどしとバスタオルを片手に、出陣しました。
みそぎでは、鳥船や気吹などの所作をしてから、天竜川に入ります。
船をこぐような動作をしながら和歌を読み、掛け声をかけるのが鳥船で、これは皆さんもご存じだと思います。
私も詳しく知っているわけではなく、祝詞もちゃんと言えないのですが、ある宮司さんから、
「それは知っているに越したことはありませんが、そんなことより一番大事なのは心です。この一年、日本が平らかであることをしっかりお祈りする思いです。格好だけなら、水浴びや寒中水泳とかわりませんからね。」と言われました。本当にその通りだと思います。
昨年が東日本大震災など、本当に大変な年でしたので、今年こそは良い年になることをしっかりと祈ってきました。もちろんそのあとは・・・すぐに温かいお風呂に入りました。そろそろ回復が遅くなり始める年齢ですので・・・。
こうした神道の行事というのは、私は宗教活動とは思っていません。むしろ、日本人としての活動だと思っています。一方で、盆暮れのお墓参り、これも厳密には仏教の行事ですが、私の認識ではこれも日本人としての活動だと思っています。盆暮れには、かならず里帰りをすることにしています。
今年は特に、復興を本格化する年であり、東海地方は「明日は我が身」ですから、ソフト面・ハード面ともに防災対策に徹底して取り組む年になります。
その一方で・・・国政の方にはそういう決意や危機感、使命感はあるのでしょうか?
今日のニュースでは、消費税の増税分の使途が決まった、全額社会保障財源に使う、と報道されていましたが、こんなのはごまかしの世界です。実際には社会保障のあらゆる分野に一般財源が投入されていて、それを減らして消費税を充当するだけのこと。専門的な見地から見れば、ほとんど意味のない報道・情報です。というより、社会保障のためだから賛同してほしいと言う、民主党政権側の宣伝のような報道だと思いました。
それ以上に、私が問題だと思ったのは、「全額社会保障財源だから、消費税を上げる」と言いきった途端に、消費税は際限なく上がることになります。実際に、医療、年金、生活保護など、社会保障費は増える一方です。これは選挙目当てのばらまき合戦の結果だと言っても過言ではないでしょう。
そうして社会保障費が増え続けている背景があって、消費税は全額社会保障財源と言ってしまえば・・・社会保障を賄えるだけ消費税を上げ続けると言うことが正論として通ってしまいますね。私は本来保険制度になっている医療や年金などもこのようにしてしまえば、未納者、未払い者などのモラルハザードも加速するのではないかと懸念しています。
そんなことより、「税と社会保障の一体改革」と言っておきながら、社会保障改革はどうなったのでしょうか。いま、生活保護などの社会保障に切り込んでいるのは、大阪の橋下さんだけです。彼は本当に勇気を持ってやっていると思います。先日のパーティーでも、「社会保障改革をやらなければ、消費税が10%では全く足りない。」という趣旨の発言をしているそうで、まったくその通りです。
消費税増税についての与野党協議を持ちかけているとのことですが、こんな小手先、ごまかしだらけで、しかも言うことがコロコロ変わるようでは、与野党協議に入れない野党の気持ちもよくわかります。
しかしいずれにしても、残念ながら、国政からは危機感も使命感も感じません。
写真の中でも一句詠みましたが、地域経済はいまだに冷えており、明らかに政治の低迷が経済の低迷を引き起こしてしまっている構図だと思っています。
今年は日本の政治も、経済も、厳しい決断を迫られる年になりそうです。そうした中、私も今日のみそぎで誓ったのですが、「日本再生・地域再生の先兵」となって頑張りたいと思っています。
もちろん、みなさまの健康と発展もお祈りしてきました。今年も気持ちを新たに頑張りたいと思います。
2012年01月11日
消費税について考える
正月にいろんなところでご挨拶をさせていただいていると・・・消費税増税について、賛否を求められます。この問題は「さあ、白か黒か」と言われて答えられるほど単純なものではないと思いますが、自分の考えを整理する意味でも、現時点での考え方を書いてみたいと思います。
まずそもそも、税のあり方について、私は消費税を含む間接税の比率を高めることに賛成です。日本はよく直接税の割合が高い(消費税など間接税の割合が低い)と言われますが、これは主に法人税によるものです。で、その法人税はと言うと、赤字法人が大量にあるため、負担している法人の割合は低いのが日本の現状です。
それならもう少し平等公平に負担する割合を増やすべきだと言う考えから、消費税を基幹税として税体系を作り直すことに賛成しているのです。同時に法人税を下げたり、相続税を廃止するべきだと思っています。どうせ高額所得の方々には、累進課税でたくさんお支払いいただいています。まして相続税などは、所得税を払った残りをコツコツためて、それが死んだ時にはまた半分も持っていかれると言うのは、まさに二重課税以外の何物でもありません。これはむしろ子供たち、できれば働き盛り、子育て盛りの若い世代に相続してもらって、それを世の中で活用してもらうべきです。相続税については私はもう一つの視点から問題にしていて、それは90歳のおばあちゃんが亡くなって70歳の息子が相続して、その資産が活かされるのかどうか。昔は60歳のお父さんが死んで、40歳の息子が相続したので、その資産を十分に活用することができました。しかし現金にせよ、土地にせよ、農地にせよ、70歳の人がもらったところで、もう使えません。高齢化社会の一つの問題点として、相続しても資産が活用されない、そうした資産が何十兆も何百兆もあると言うことが挙げられます。こうした問題を解決するためにも、思い切って相続税も贈与税も廃止するべきだと考えています。
だいぶ脱線しましたが、消費税に戻ると、まず今が上げる時期なのかどうか。これは明らかに間違いです。消費が低迷し、デフレが加速しているときに消費税を上げると、本当の意味で日本経済を破壊しかねません。したがって、今すぐに消費税を上げることには反対です。
つぎに、上げる資格があるのかどうか。これはまったくないですね。何の改革もやっていないのに、税金だけ上げるとは何事でしょうか。バラマキにバラマキを重ね、自分たちの改革、議会改革や公務員改革を何一つやらずに、税金だけ上げるなんていったら、誰が支持するのでしょうか。昨年の暮も、日本全国、47都道府県のすべてが人事院勧告をベースにして地方公務員給料を下げているのに、唯一国はこれを無視して、国家公務員の給料を一円も下げませんでした。いったい何を考えているのでしょうか?静岡県も下げましたし、浜松市も下げました。国だけは下げませんでした。こんな状態で、消費税を上げる資格など、どこにもないと思います。
3点目に、上げたらどうなるのか。税と社会保障の一体改革などと、立派な事を言っていますが、消費税を8%に上げても、10%に上げても、社会保障の安定財源にもならないし、財政健全化にもなりません。多少ましになる、と言うだけの事です。本当に財政再建したいのなら、なぜ徹底した歳出削減をしないのか。徹底して働かない公務員や不適格教員の削減をしないのか。借金が減るような財政構造と作るのなら、消費税を20%にするか、さもなくば社会保障の見直し、生活保護や医療費、延命治療などの見直しが必須のはずです。それを何もやらずに、何となくバナナのたたき売りの感覚で8%とか10%なんて、おかしいと思います。その数字の根拠を示してもらいたいと思います。
4点目に、なぜ2段階で上げるのか。こんなことをしたら、日本中の企業は、コンピューターのシステム修正を2回やらなければなりません。これだけでも膨大な金額です。さらに、ミスが起きて混乱が起きる可能性も高まる。確かにコンピューター会社はもうかるかもしれません。しかし、日本の景気がひどい状態の中、あらゆる企業は爪に火をともすようなコスト削減努力をしています。そんな中、コンピューターの修正に膨大な支出を強要する、それも2回に分けて。いったい何を考えているのでしょうか?経済や企業の現場の事を何も知らない人たちが、政治主導とか言って意思決定をする事のムダが、ここでも明らかになっています。
まあ、さらに問題点を上げればきりがないのですが、一言で言えば、残念ながら消費税増税をお願いする資格がないと言うことだと思います。その前に血のにじむような、それどころか血が噴き出すような努力を見せてもらいたいと思います。
そもそも日本の国会に衆議院とか参議院とか必要なのでしょうか?これだけスピードが求められる時代に、それぞれ足の引っ張り合いをしているだけ。まともな議論をしているならまだしも、出てくるのはスキャンダルと醜い批判合戦、重箱の隅をつつくような議論ばかりです。
消費税を上げる前に、衆議院と参議院を合併してはどうでしょうか?国会なんてひとつで十分です。
そのためには憲法改正が必要ですが、そういう改正なら国民はみんな賛成するでしょう。
とにかく、消費税云々の前に、まずは徹底した議員改革・公務員改革と、デフレからの脱却です。デフレで物の値段が下がり続けている以上は、どんな政策を打っても無効化されます。
言わずもがなですが、GDPは民間消費や民間投資と、政府支出の合計です。いま、デフレが続きGDPが伸び悩んでいる以上、また民間が消費余力も投資余力もなくしている以上、政府支出を増やすしかありません。
そうした中に、東日本大震災が来ました。これは大変な出来事でしたが、ピンチをチャンスに変える意味で、いま行う防災のための投資なら、ほとんどの国民が理解してくれると思います。将来の壊滅や大量死を予防するための投資ですから、非常に意味のある投資でもあります。こういう時に政府支出を増やさなくてどうするのか。いったいいつ増やすのか。そういう考えで、県としても出来るかぎりの防災投資をしてゆきたいと思っています。
しかし今の政府は・・・それにも二の足を踏んで、復興が遅れています。がれきだけではなく、新しい都市計画も、産業の再生も遅れているのです。こんなときに出し惜しんでいる場合ではありません。いまこそ国・県・市をあげて政府支出を増やして、GDPを支え、デフレから脱却するべきです。それをやらずに消費税を上げて民間消費も民間投資も冷え込ませたら・・・最悪の事態であるGDPの下降局面に突入してしまいます。
よく、政府の借金や政府支出を家庭の収支と重ねて説明する向きがありますが、そもそも性質が違う以上、これは誤解のもとです。政府と家庭はまったく別のものです。それは雨が降ればダムに水をため、日照りが続けばダムの水を流すのと似ていて、ダムが天候と同じように動いていては存在意義がないばかりか、余計に大きな振れ幅を作ってしまうのです。
これまで政府と家庭を重ねて説明し、バブルで家庭や企業がカネを使えば政府や地方自治体も一緒にバブルで踊って金を使いまくる、逆に景気が悪くなって家庭や企業が節約したら政府もそれ以上に金を出し渋って景気をさらに冷やす・・・その結果、いまのように極端な景気変動を巻き起こしてしまいました。このことに気づき、反省するべきです。
書き出すといろいろ伝えたいことがあって、長くなってしまいましたが、とにかくそういうわけで、まずは経済政策、成長政策、デフレ脱却を最優先するべきだと考えます。
そういう視点で、今私は県議ですから、静岡県としてやれることは全てやりつくす決意で、来年度の政策・予算要望を続けています。
今日市内を回っていましたら、根上がり松に差し掛かって、ふと写真を取って一句詠みました。

「値上がり待つ」だけでは、政治の仕事としては不十分です。
政治があらゆる政策を動員して「値上がりさせてみせる」決意が必要だと思っています。
まずそもそも、税のあり方について、私は消費税を含む間接税の比率を高めることに賛成です。日本はよく直接税の割合が高い(消費税など間接税の割合が低い)と言われますが、これは主に法人税によるものです。で、その法人税はと言うと、赤字法人が大量にあるため、負担している法人の割合は低いのが日本の現状です。
それならもう少し平等公平に負担する割合を増やすべきだと言う考えから、消費税を基幹税として税体系を作り直すことに賛成しているのです。同時に法人税を下げたり、相続税を廃止するべきだと思っています。どうせ高額所得の方々には、累進課税でたくさんお支払いいただいています。まして相続税などは、所得税を払った残りをコツコツためて、それが死んだ時にはまた半分も持っていかれると言うのは、まさに二重課税以外の何物でもありません。これはむしろ子供たち、できれば働き盛り、子育て盛りの若い世代に相続してもらって、それを世の中で活用してもらうべきです。相続税については私はもう一つの視点から問題にしていて、それは90歳のおばあちゃんが亡くなって70歳の息子が相続して、その資産が活かされるのかどうか。昔は60歳のお父さんが死んで、40歳の息子が相続したので、その資産を十分に活用することができました。しかし現金にせよ、土地にせよ、農地にせよ、70歳の人がもらったところで、もう使えません。高齢化社会の一つの問題点として、相続しても資産が活用されない、そうした資産が何十兆も何百兆もあると言うことが挙げられます。こうした問題を解決するためにも、思い切って相続税も贈与税も廃止するべきだと考えています。
だいぶ脱線しましたが、消費税に戻ると、まず今が上げる時期なのかどうか。これは明らかに間違いです。消費が低迷し、デフレが加速しているときに消費税を上げると、本当の意味で日本経済を破壊しかねません。したがって、今すぐに消費税を上げることには反対です。
つぎに、上げる資格があるのかどうか。これはまったくないですね。何の改革もやっていないのに、税金だけ上げるとは何事でしょうか。バラマキにバラマキを重ね、自分たちの改革、議会改革や公務員改革を何一つやらずに、税金だけ上げるなんていったら、誰が支持するのでしょうか。昨年の暮も、日本全国、47都道府県のすべてが人事院勧告をベースにして地方公務員給料を下げているのに、唯一国はこれを無視して、国家公務員の給料を一円も下げませんでした。いったい何を考えているのでしょうか?静岡県も下げましたし、浜松市も下げました。国だけは下げませんでした。こんな状態で、消費税を上げる資格など、どこにもないと思います。
3点目に、上げたらどうなるのか。税と社会保障の一体改革などと、立派な事を言っていますが、消費税を8%に上げても、10%に上げても、社会保障の安定財源にもならないし、財政健全化にもなりません。多少ましになる、と言うだけの事です。本当に財政再建したいのなら、なぜ徹底した歳出削減をしないのか。徹底して働かない公務員や不適格教員の削減をしないのか。借金が減るような財政構造と作るのなら、消費税を20%にするか、さもなくば社会保障の見直し、生活保護や医療費、延命治療などの見直しが必須のはずです。それを何もやらずに、何となくバナナのたたき売りの感覚で8%とか10%なんて、おかしいと思います。その数字の根拠を示してもらいたいと思います。
4点目に、なぜ2段階で上げるのか。こんなことをしたら、日本中の企業は、コンピューターのシステム修正を2回やらなければなりません。これだけでも膨大な金額です。さらに、ミスが起きて混乱が起きる可能性も高まる。確かにコンピューター会社はもうかるかもしれません。しかし、日本の景気がひどい状態の中、あらゆる企業は爪に火をともすようなコスト削減努力をしています。そんな中、コンピューターの修正に膨大な支出を強要する、それも2回に分けて。いったい何を考えているのでしょうか?経済や企業の現場の事を何も知らない人たちが、政治主導とか言って意思決定をする事のムダが、ここでも明らかになっています。
まあ、さらに問題点を上げればきりがないのですが、一言で言えば、残念ながら消費税増税をお願いする資格がないと言うことだと思います。その前に血のにじむような、それどころか血が噴き出すような努力を見せてもらいたいと思います。
そもそも日本の国会に衆議院とか参議院とか必要なのでしょうか?これだけスピードが求められる時代に、それぞれ足の引っ張り合いをしているだけ。まともな議論をしているならまだしも、出てくるのはスキャンダルと醜い批判合戦、重箱の隅をつつくような議論ばかりです。
消費税を上げる前に、衆議院と参議院を合併してはどうでしょうか?国会なんてひとつで十分です。
そのためには憲法改正が必要ですが、そういう改正なら国民はみんな賛成するでしょう。
とにかく、消費税云々の前に、まずは徹底した議員改革・公務員改革と、デフレからの脱却です。デフレで物の値段が下がり続けている以上は、どんな政策を打っても無効化されます。
言わずもがなですが、GDPは民間消費や民間投資と、政府支出の合計です。いま、デフレが続きGDPが伸び悩んでいる以上、また民間が消費余力も投資余力もなくしている以上、政府支出を増やすしかありません。
そうした中に、東日本大震災が来ました。これは大変な出来事でしたが、ピンチをチャンスに変える意味で、いま行う防災のための投資なら、ほとんどの国民が理解してくれると思います。将来の壊滅や大量死を予防するための投資ですから、非常に意味のある投資でもあります。こういう時に政府支出を増やさなくてどうするのか。いったいいつ増やすのか。そういう考えで、県としても出来るかぎりの防災投資をしてゆきたいと思っています。
しかし今の政府は・・・それにも二の足を踏んで、復興が遅れています。がれきだけではなく、新しい都市計画も、産業の再生も遅れているのです。こんなときに出し惜しんでいる場合ではありません。いまこそ国・県・市をあげて政府支出を増やして、GDPを支え、デフレから脱却するべきです。それをやらずに消費税を上げて民間消費も民間投資も冷え込ませたら・・・最悪の事態であるGDPの下降局面に突入してしまいます。
よく、政府の借金や政府支出を家庭の収支と重ねて説明する向きがありますが、そもそも性質が違う以上、これは誤解のもとです。政府と家庭はまったく別のものです。それは雨が降ればダムに水をため、日照りが続けばダムの水を流すのと似ていて、ダムが天候と同じように動いていては存在意義がないばかりか、余計に大きな振れ幅を作ってしまうのです。
これまで政府と家庭を重ねて説明し、バブルで家庭や企業がカネを使えば政府や地方自治体も一緒にバブルで踊って金を使いまくる、逆に景気が悪くなって家庭や企業が節約したら政府もそれ以上に金を出し渋って景気をさらに冷やす・・・その結果、いまのように極端な景気変動を巻き起こしてしまいました。このことに気づき、反省するべきです。
書き出すといろいろ伝えたいことがあって、長くなってしまいましたが、とにかくそういうわけで、まずは経済政策、成長政策、デフレ脱却を最優先するべきだと考えます。
そういう視点で、今私は県議ですから、静岡県としてやれることは全てやりつくす決意で、来年度の政策・予算要望を続けています。
今日市内を回っていましたら、根上がり松に差し掛かって、ふと写真を取って一句詠みました。

「値上がり待つ」だけでは、政治の仕事としては不十分です。
政治があらゆる政策を動員して「値上がりさせてみせる」決意が必要だと思っています。
2012年01月09日
新年に思う
みなさま、明けましておめでとうございます、と申し上げたいところなのですが、・・・議員は挨拶状が一年中、どんな場合でも禁止されています。ということで、このルールが年賀状にも適用されると言うことで、議員は年賀状が出せないことになっています。
ブログとかホームページはどうなのか、ということになるわけですが、文書図画という意味では同じ扱いなので・・・やはり、いまのルールではよろしくないと考えています。
ということで・・・みなさま、どのような新年をお迎えでしょうか?また、新年にあたり、どのような決意をされましたでしょうか?
本文を書き出すまでに長々と書いてしまいましたが、昨年は本当に大変な一年でした。
私は年末にも、東日本大震災の現場に入り、いろいろ訪問して話を伺ったり、あらためてがれきの山を眺めたりしてきました。

スマホの中に面白いソフトがあって、写真を取ってから一句詠めるというものです。駄作ですが・・・つみあがったがれきをよく見ると・・・アルバムがあったり、ベビーカーがあったりするのを見て、とっさにこのように詠んでみました。
がれきの処理はいまだに進みません。静岡県が年間600トンを受け入れるかどうか、あるいは各市町村がどの程度負担するかが今後の課題というか、争点となっています。
私は、「国民全体に被災地支援の共通認識を醸成する。」という考え方は良いと思います。しかし、実際の仕事として、年間600トンというこんな小さな、瑣末と言えることに国は時間を費やすべきではないと思っています。私はこのような類のことは、国のやるべき仕事ではない、と思っています。国にはもっと大きな、ダイナミックな決断と実行が求められています。
焼却場を筆箱にたとえて話をすると・・・A君の筆箱が津波で流されてしまいました。このままでは勉強ができません。近所のB君に筆箱を貸して、と言います。「いや・・・でも・・・分かるんだけど、僕も勉強しないといけないし。ごめんね。」 C君にも頼んでみます。「この筆箱は、頼んで頼んで買ってもらったものだから・・・許可をもらわないと。ごめんね。」
こまって遠くの親戚のD君に頼んでみます。「使っていない鉛筆1本だけでいいから貸して。」 「いや、でも使う時があるかもしれないし、それに、もし貸して折れたりしたら誰が弁償してくれるの?」
こう言われて困り果てているA君のところに、政府というお父さんがやってきました。
「Aは津波の被害で困っているんだから、よし、お父さんが一緒に頼みに行ってやろう」
そして、B、C、Dに、
「もし折れたらお父さんが弁償するから、なんとか1本だけでも鉛筆を貸してやってくれんか」
「たくさんある鉛筆のうちの1本だけでいいんだから。」
「Aはかわいそうじゃないか。かわいそうだという気持ちがあるなら、それを共有して、なんとかするべきじゃないか」
まあ、だいたいこの手の話をしていると言う事です。
私は政府の仕事は、市町村と一緒に頼みに回る事じゃないと思います。市町村は何で頼まなければならないのかというと、焼却場を作るお金がないからです。べつに無理して借りたいわけじゃない。
国の本来の仕事は、「よし、それならお父さんが焼却場を作ってやろう。」と言って、各企業に命令する事です。当然、企業も意気に感じて、突貫工事で素晴らしい焼却場を作ってくれるでしょう。
東日本のがれきは2500万トンです。年間600トンでは、桁が5つも違う。ちなみに浜松にある清掃工場は、年間10万トン以上処理できます。これとおなじ年間10万トンの炉を20基も作れば、年間200万トン。10年あれば全て焼ききることが出来ます。その後はその地域の焼却炉として活用してもらえばいい。
仮に1基あたり高く見積もって100億円かかったとしても、2000億円です。放射能の除染に1兆円かけるとか言っているのなら、その2割を回せばがれきの処理はめどが立つのです。
ソロバンのはじき方も含めて、いったい何を考えているのか、と思います。
私はこれらのことを細野大臣のせいにするつもりはありません。環境省の仕事は大臣一人でやるものではありません。事務局が原案を作り、決断・判断するのがトップの仕事です。そういう意味では、環境官僚が何も知らないし、何もわかっていないのではないかと疑っています。現場の事も、国としてやるべきことも。
がれきの話を始めたら少し長くなりすぎてしまいましたが、今年はなにより、防災対策を徹底してやらなければなりません。
そのためにはいくつか必要な政策があるのですが、誰も言っていない分野について話をしますと(なぜ誰も言わないのか、と不思議に思っていますが・・・)、
私は防災学とか、防災士の資格取得とか、救命救急関連の資格を取るとかいうことを、県立高校や県立大学の単位として認定するよう、いま働きかけています。
そうすれば、県内の学生の多くがこの単位を取るようになるでしょう。そうすれば・・・うまくいけば毎年3万人程度(今年の静岡県の成人が3万7000人ですから)の、防災や救命救急の知識がある若者が増えることになります。10年すれば30万人。実に、県民の10人に1人が、いざという時に頼りになる存在になりうると言う事です。
日本全国を見渡しても、こんな県はありません。さらに言えば、どの県に行っても、静岡県の人はいざという時には動ける、頼りになる、ということになります。こんなに誇らしい事はありません。
私は中越地震、中越沖地震、そして今回の東日本と、それぞれボランティアで泊りこんで支援をしてきました。その中で確信した事は、ハードの整備以上に、ソフト面の整備、地域の人たちがいざという時に正しく行動できるか、正しく非難できるか、正しく救助できるか、ということが重要だと言う事です。
今回も被災後、たとえば教師の判断が間違って子供が死んだとか、保育園の判断が間違って幼児が死んだとか、意外と動けない、頼りにならない若者が多くて、高齢者と共に保護されていたとか、残念なケースを耳にします。こうしたことは、静岡県では絶対に起こさないと言う強い決意で、私は人間力の方の防災力を強化したいと考えています。
これは、各個人の立場からしても、いざという時に家族や知人友人を守れる強力な技術を身につけることになりますし、地域としては何よりも強靭になる。そのための一つの手段として、「防災・救命の資格取得を単位に認定する」ということから始めたいと思っています。
他にも、防災だけではなく、経済や医療・福祉分野も、これまでの延長線上ではなく、思い切ったブレークスルーが期待されています。こうした期待に政策でお答えする、そういう一年にしたいと思っています。
私は、自分がこうありたい、これを目指して研鑽を深めたいと言う思いから、「政策の鉄人」というキャッチコピーを使っています。これは、単なる官僚的な政策マシーンという意味ではなく、地域の思いや人々の思い、それは、声の大きい人の意見が通るのではなく、声なき声も聞きわけて、そして未来志向で政策を創り上げる。それが本来の政治家の仕事だと思っているからです。
そういう思いがあって、私は、「現場を知らなければならない、それなら地方政治から!」と思い、市議会議員から仕事をやってきました。もっと思い切った改革を現場で形にしたいと思って市長選に出て負け、県議に転身して今に至っています。
今年も最初の原点である現場主義を徹底しながら、「政策の鉄人」を目指して頑張りますので、どうか今年も皆様からのご指導とご支援を賜りますよう、よろしくお願いいたします。
ブログとかホームページはどうなのか、ということになるわけですが、文書図画という意味では同じ扱いなので・・・やはり、いまのルールではよろしくないと考えています。
ということで・・・みなさま、どのような新年をお迎えでしょうか?また、新年にあたり、どのような決意をされましたでしょうか?
本文を書き出すまでに長々と書いてしまいましたが、昨年は本当に大変な一年でした。
私は年末にも、東日本大震災の現場に入り、いろいろ訪問して話を伺ったり、あらためてがれきの山を眺めたりしてきました。

スマホの中に面白いソフトがあって、写真を取ってから一句詠めるというものです。駄作ですが・・・つみあがったがれきをよく見ると・・・アルバムがあったり、ベビーカーがあったりするのを見て、とっさにこのように詠んでみました。
がれきの処理はいまだに進みません。静岡県が年間600トンを受け入れるかどうか、あるいは各市町村がどの程度負担するかが今後の課題というか、争点となっています。
私は、「国民全体に被災地支援の共通認識を醸成する。」という考え方は良いと思います。しかし、実際の仕事として、年間600トンというこんな小さな、瑣末と言えることに国は時間を費やすべきではないと思っています。私はこのような類のことは、国のやるべき仕事ではない、と思っています。国にはもっと大きな、ダイナミックな決断と実行が求められています。
焼却場を筆箱にたとえて話をすると・・・A君の筆箱が津波で流されてしまいました。このままでは勉強ができません。近所のB君に筆箱を貸して、と言います。「いや・・・でも・・・分かるんだけど、僕も勉強しないといけないし。ごめんね。」 C君にも頼んでみます。「この筆箱は、頼んで頼んで買ってもらったものだから・・・許可をもらわないと。ごめんね。」
こまって遠くの親戚のD君に頼んでみます。「使っていない鉛筆1本だけでいいから貸して。」 「いや、でも使う時があるかもしれないし、それに、もし貸して折れたりしたら誰が弁償してくれるの?」
こう言われて困り果てているA君のところに、政府というお父さんがやってきました。
「Aは津波の被害で困っているんだから、よし、お父さんが一緒に頼みに行ってやろう」
そして、B、C、Dに、
「もし折れたらお父さんが弁償するから、なんとか1本だけでも鉛筆を貸してやってくれんか」
「たくさんある鉛筆のうちの1本だけでいいんだから。」
「Aはかわいそうじゃないか。かわいそうだという気持ちがあるなら、それを共有して、なんとかするべきじゃないか」
まあ、だいたいこの手の話をしていると言う事です。
私は政府の仕事は、市町村と一緒に頼みに回る事じゃないと思います。市町村は何で頼まなければならないのかというと、焼却場を作るお金がないからです。べつに無理して借りたいわけじゃない。
国の本来の仕事は、「よし、それならお父さんが焼却場を作ってやろう。」と言って、各企業に命令する事です。当然、企業も意気に感じて、突貫工事で素晴らしい焼却場を作ってくれるでしょう。
東日本のがれきは2500万トンです。年間600トンでは、桁が5つも違う。ちなみに浜松にある清掃工場は、年間10万トン以上処理できます。これとおなじ年間10万トンの炉を20基も作れば、年間200万トン。10年あれば全て焼ききることが出来ます。その後はその地域の焼却炉として活用してもらえばいい。
仮に1基あたり高く見積もって100億円かかったとしても、2000億円です。放射能の除染に1兆円かけるとか言っているのなら、その2割を回せばがれきの処理はめどが立つのです。
ソロバンのはじき方も含めて、いったい何を考えているのか、と思います。
私はこれらのことを細野大臣のせいにするつもりはありません。環境省の仕事は大臣一人でやるものではありません。事務局が原案を作り、決断・判断するのがトップの仕事です。そういう意味では、環境官僚が何も知らないし、何もわかっていないのではないかと疑っています。現場の事も、国としてやるべきことも。
がれきの話を始めたら少し長くなりすぎてしまいましたが、今年はなにより、防災対策を徹底してやらなければなりません。
そのためにはいくつか必要な政策があるのですが、誰も言っていない分野について話をしますと(なぜ誰も言わないのか、と不思議に思っていますが・・・)、
私は防災学とか、防災士の資格取得とか、救命救急関連の資格を取るとかいうことを、県立高校や県立大学の単位として認定するよう、いま働きかけています。
そうすれば、県内の学生の多くがこの単位を取るようになるでしょう。そうすれば・・・うまくいけば毎年3万人程度(今年の静岡県の成人が3万7000人ですから)の、防災や救命救急の知識がある若者が増えることになります。10年すれば30万人。実に、県民の10人に1人が、いざという時に頼りになる存在になりうると言う事です。
日本全国を見渡しても、こんな県はありません。さらに言えば、どの県に行っても、静岡県の人はいざという時には動ける、頼りになる、ということになります。こんなに誇らしい事はありません。
私は中越地震、中越沖地震、そして今回の東日本と、それぞれボランティアで泊りこんで支援をしてきました。その中で確信した事は、ハードの整備以上に、ソフト面の整備、地域の人たちがいざという時に正しく行動できるか、正しく非難できるか、正しく救助できるか、ということが重要だと言う事です。
今回も被災後、たとえば教師の判断が間違って子供が死んだとか、保育園の判断が間違って幼児が死んだとか、意外と動けない、頼りにならない若者が多くて、高齢者と共に保護されていたとか、残念なケースを耳にします。こうしたことは、静岡県では絶対に起こさないと言う強い決意で、私は人間力の方の防災力を強化したいと考えています。
これは、各個人の立場からしても、いざという時に家族や知人友人を守れる強力な技術を身につけることになりますし、地域としては何よりも強靭になる。そのための一つの手段として、「防災・救命の資格取得を単位に認定する」ということから始めたいと思っています。
他にも、防災だけではなく、経済や医療・福祉分野も、これまでの延長線上ではなく、思い切ったブレークスルーが期待されています。こうした期待に政策でお答えする、そういう一年にしたいと思っています。
私は、自分がこうありたい、これを目指して研鑽を深めたいと言う思いから、「政策の鉄人」というキャッチコピーを使っています。これは、単なる官僚的な政策マシーンという意味ではなく、地域の思いや人々の思い、それは、声の大きい人の意見が通るのではなく、声なき声も聞きわけて、そして未来志向で政策を創り上げる。それが本来の政治家の仕事だと思っているからです。
そういう思いがあって、私は、「現場を知らなければならない、それなら地方政治から!」と思い、市議会議員から仕事をやってきました。もっと思い切った改革を現場で形にしたいと思って市長選に出て負け、県議に転身して今に至っています。
今年も最初の原点である現場主義を徹底しながら、「政策の鉄人」を目指して頑張りますので、どうか今年も皆様からのご指導とご支援を賜りますよう、よろしくお願いいたします。
2011年12月23日
12月議会が閉会
先日、長かった12月議会が終了しました。
今議会は、予算的には台風15号関連の復旧事業が大きかったのですが、他にも人事委員会勧告に伴う公務員給与の削減があったり、議会改革の検討委員会の答申準備があったり、教育委員会からの不祥事が連発したりと・・・調査して会派としての対策案を練り上げるようなテーマが多かったので、いつも以上に県庁に引きこもっていた気がします。ようやく終わったのですが、書類をまとめたり後処理をしているうちに、新年になってしまいそうです。
最終日に私が行った討論がメディアに取り上げられたことで、昨日はいろんな方からたくさんお電話を頂きました。「よく調べているね。」「小会派でもズバッと切り込む議論をやっているから新聞などによく載るんだね。」とお褒めを頂いたものもあれば、「県庁は対策をやらないと言っているようだがけしからん」「徹底的に突っ込んでほしい」「議会はなめられているのでは?」という叱咤激励もいただきました。
これについては、県庁側がマスコミにした説明に、すこし誤解もあったようですので、私の方からご説明したいと思います。
私が取り上げたのは、台風15号の復旧工事の中に疑念を抱かせるものがあったからです。空港の工事なんですが、たとえばその一つは、平成13年からずっと同じある会社が落札してきて、20年に完成。平均落札率は92%。その後2回壊れて、その都度復旧工事を発注しています。もちろんタダで直させるのではなく、お金は県庁、つまり県民の皆さまが払っている。それは、2回とも作った会社と同じ会社が落札しています。91%と87%で。つまり、毎回入札でやっているはずなのに、最初から最後まで同じ会社が落札して、補修も同じ会社が落札しているのです。
そして今回また壊れたと言うことで、12月補正予算で3回目の補修工事を出すことになったのです。
これは、少しおかしい。これまでのように、作った会社と直す会社が同じでは、壊れた原因が不可避なものかどうか分からない。隠そうと思えば隠せるわけです。さらに、本当にちゃんと入札が行われているのか。普通の感覚なら、おかしいと思うはずです。
これを指摘しながら、県庁の技術力低下が懸念されるので、対策を求めました。具体的には技術職員の研修の強化、民間の優秀な人材の中途採用、施行中の現場検査の強化や、いい加減な工事の受け取り拒否の徹底などです。
これに対して、県庁はやらないと言っているのではなく、担当は「現時点では問題のない入札だったと判断しているが、もういちど精査して、再発防止のための方策を検討する」と言ったとのことです。
ちなみに、川勝知事はわたしたちの会派室を訪問して、「あれ、ちゃんと調べて報告しますから。あれは知らなかった。きちんとやりますから。」と言って帰られました。総務部長も、「予算を作りながら、これは少しおかしい、何とかしないといけないとは思っていました。本会議でのご指摘ですので、何らかの対策をまとめます。」と言っていました。
ということですので、「問題はないのでやらない」と言っているわけではなく、今回の指摘を受けて検討に入ると言う事です。もちろん当日の指摘なので対策が決定したわけではないので、今の時点では具体策はない、といってしまったのでしょう。日本語は難しくて、少しの言葉のニュアンスの違いが誤解のもととなってしまいます。
いずれにしても、私は疑念や問題を指摘しながら、県庁の技術力強化を求めたわけですので、来年2月議会ではその報告を受け、今後の方向性について建設的な議論をしたいと思っています。
最高の静岡県を作るためには、最高の県庁職員をそろえなければなりません。そのためには、職員の能力強化と、民間から優秀な人材を登用して、県庁生え抜き職員との切磋琢磨をする環境づくりが不可欠です。人材面からも「県庁が変わった」「県庁が良くなった」と言ってもらえるよう、全力で取り組みたいと思います。
今議会は、予算的には台風15号関連の復旧事業が大きかったのですが、他にも人事委員会勧告に伴う公務員給与の削減があったり、議会改革の検討委員会の答申準備があったり、教育委員会からの不祥事が連発したりと・・・調査して会派としての対策案を練り上げるようなテーマが多かったので、いつも以上に県庁に引きこもっていた気がします。ようやく終わったのですが、書類をまとめたり後処理をしているうちに、新年になってしまいそうです。
最終日に私が行った討論がメディアに取り上げられたことで、昨日はいろんな方からたくさんお電話を頂きました。「よく調べているね。」「小会派でもズバッと切り込む議論をやっているから新聞などによく載るんだね。」とお褒めを頂いたものもあれば、「県庁は対策をやらないと言っているようだがけしからん」「徹底的に突っ込んでほしい」「議会はなめられているのでは?」という叱咤激励もいただきました。
これについては、県庁側がマスコミにした説明に、すこし誤解もあったようですので、私の方からご説明したいと思います。
私が取り上げたのは、台風15号の復旧工事の中に疑念を抱かせるものがあったからです。空港の工事なんですが、たとえばその一つは、平成13年からずっと同じある会社が落札してきて、20年に完成。平均落札率は92%。その後2回壊れて、その都度復旧工事を発注しています。もちろんタダで直させるのではなく、お金は県庁、つまり県民の皆さまが払っている。それは、2回とも作った会社と同じ会社が落札しています。91%と87%で。つまり、毎回入札でやっているはずなのに、最初から最後まで同じ会社が落札して、補修も同じ会社が落札しているのです。
そして今回また壊れたと言うことで、12月補正予算で3回目の補修工事を出すことになったのです。
これは、少しおかしい。これまでのように、作った会社と直す会社が同じでは、壊れた原因が不可避なものかどうか分からない。隠そうと思えば隠せるわけです。さらに、本当にちゃんと入札が行われているのか。普通の感覚なら、おかしいと思うはずです。
これを指摘しながら、県庁の技術力低下が懸念されるので、対策を求めました。具体的には技術職員の研修の強化、民間の優秀な人材の中途採用、施行中の現場検査の強化や、いい加減な工事の受け取り拒否の徹底などです。
これに対して、県庁はやらないと言っているのではなく、担当は「現時点では問題のない入札だったと判断しているが、もういちど精査して、再発防止のための方策を検討する」と言ったとのことです。
ちなみに、川勝知事はわたしたちの会派室を訪問して、「あれ、ちゃんと調べて報告しますから。あれは知らなかった。きちんとやりますから。」と言って帰られました。総務部長も、「予算を作りながら、これは少しおかしい、何とかしないといけないとは思っていました。本会議でのご指摘ですので、何らかの対策をまとめます。」と言っていました。
ということですので、「問題はないのでやらない」と言っているわけではなく、今回の指摘を受けて検討に入ると言う事です。もちろん当日の指摘なので対策が決定したわけではないので、今の時点では具体策はない、といってしまったのでしょう。日本語は難しくて、少しの言葉のニュアンスの違いが誤解のもととなってしまいます。
いずれにしても、私は疑念や問題を指摘しながら、県庁の技術力強化を求めたわけですので、来年2月議会ではその報告を受け、今後の方向性について建設的な議論をしたいと思っています。
最高の静岡県を作るためには、最高の県庁職員をそろえなければなりません。そのためには、職員の能力強化と、民間から優秀な人材を登用して、県庁生え抜き職員との切磋琢磨をする環境づくりが不可欠です。人材面からも「県庁が変わった」「県庁が良くなった」と言ってもらえるよう、全力で取り組みたいと思います。
2011年12月16日
国政は父性、地方は母性
今日は野田総理が、福島原発の事故収束を宣言しました。
ステップ2(冷温停止)を達成したので、収束に至ったと判断した、とのことですが・・・そんなに甘いものでしょうか?私はこれまでいろんな方から学んできましたが、為政者とか、経営者というのは、状況判断は常にシビアでなくてはならないと思っています。私はあとあと大変なことにならなければいいが・・・と思っています。
細野大臣も、総理の発表を受けて、説明をしておられました。
細野さんと私は、同じ滋賀県の出身で、同じく静岡県で政治の仕事をする友人として、党派を超えて付き合ってきました。以前からこの男は大物になると確信していましたが、いま本当に良い顔になったと思っています。男らしい、政治家らしい顔になった、と思います。
私よりも1歳年上なのですが、その年齢で良くこれだけ重い仕事を受けておられる。おそらく家族も、自分の時間も、あらゆるものを犠牲にしてやっておられるのだと思います。この点では本当に頭が下がります。それに比べて私は・・・もう少し頑張らなければならないと反省しています。
説明も丁寧にされていて、福島の声を聞きながら一人でも多くの人が故郷に帰れるように・・・とおっしゃっていました。これはその通りです。
しかし一方で、細野さんだけに、私はもっと大きな期待をしてしまいます。それは、「本当の事」をはっきり告げる勇気です。これは、細野さんがウソを言っていると言うのではなく、「どうしようもないものは、どうしようもないのだ」というある意味冷徹になる覚悟を持っていただきたいと思っているのです。
おそらく多くの国民、これは福島の人たちも含めて、おそらくあの地域が帰れない地域であろうことは想像がついています。
少し考えればわかる事です。まずは年月です。3年たったら、5年たったら、10年たったら・・・高齢の方はどんどんなくなって行きます。また、壮年の方が高齢者になります。子供たちは大人になり、仕事や家族を持つようになります。そのような状態で、あの場所に帰って一からやり直せるでしょうか?これは非常に難しい。
あるいは、数年たって少しずつ帰れる地域が出来たとしましょう。数人あるいは数十人で帰って、町として再生できますか?そんな人数では商店も再生できず、生活に必要なものも用意できないでしょう。学校が用意できるか、子供は帰ってくるか。それ以前に、数年であっても放置された家は、もう家としては使えません。新しく新築するしかないのです。さらには道路などのインフラも地震で傷んでいます。
さらに言えば、福島の廃炉が完了するまで30年から50年と言われています。しかし本当にそうでしょうか。そもそも燃料が漏れだしている以上、30年や50年では近づくことすらできないかもしれない。そうすすと・・・あの地域の場合は、ひょっとしたら次の地震が来る時期に差し掛かるかもしれません。東日本大震災ほどではないにせよ、ボロボロの原発をもう一度地震と津波が襲えば・・・また振り出しに戻ることになるかもしれません。
総合的に考えると、「もう戻れません。あきらめてください。皆さんの土地は国で買い上げます。」というのが、政治家の本当の仕事なのかもしれません。というか、30年~50年たっても生きて日本を立て直してゆかなければならない、私たちの世代の政治家の仕事なのだと思います。
そもそもよく考えてみると、国政に必要なのは父性であり、地方の役割は母性でした。国は外国と交渉したり戦ったりしなければならない。また厳しい事も言わなければならない。何かを犠牲にしても日本全体のために冷徹な決断をしなければならない。昔の国政の政治家は、厳しいお父さんのような、そういう覚悟や使命感をもってやっておられました。
ただそれだけでは国民はもたない。だから地方自治体はきめ細かく住民に向き合ってきました。福祉や医療などの現場は常に地方でした。これは、まさに子供にいつも向き合うお母さんのようでした。私たち地方議員は、まさにお母さんのようにこまめに動き、現場の情報を集め、国のほころびの部分を丁寧に補正して政策を作ってきたわけです。
しかし今や・・・国会議員がリップサービスに走り、米つきバッタのように住民におもねって・・・全く父性というものを感じなくなりました。また、小選挙区制の導入によってその傾向はさらに顕著になりました。一票でも負けると落選してしまうので、今や国政は「右や左の旦那様」とばかりに、いろんな意見の人に迎合して、何の決断もできなくなってしまいました。
国会議員に本来求められるものが、多少の犠牲を押し切ってでも国のために決断する冷徹な勇気であり、自己犠牲を顧みない決断であり、命をかけての外国との交渉であるはずなのに・・・そういう父性がなくなってしまったのです。国会議員の選挙も、およそ強さや父性とはかけはなれた、極端な話が、個別の「かわいそう」で全体の発展を犠牲にする、政策としての本質を見誤るような意見を持った議員を選ぶようになったのです。お父さんのように厳しい決断をして、子供を大きく育てなければならないのに・・・やっているのは、「耳触りのいい言葉を吐いて」「言葉をぼかして」「少しでも批判が出ると立ち止まってしまい」「結果として先送り」というい政治になってしまいました。
もともと地方の役割は「やさしいお母さん」です。その地方ですら、そこまでひどくはありません。私の選挙区などは4人区ですから、いろんな局面ではっきりモノを言っても、多少強引に政策を進めても、それを一部の人に批判されたって落選しませんので、毅然とした態度で政治に臨めます。
それに比べると国政は・・・本当にだらしない有様です。
細野さんも、民主党政権の重責という立場があるのでしょう。しかし、できれば、「あと40年はこの世にいて、日本のために尽くさなければならない世代」の代表として、こうした「だらしない政治」を打ち破っていただきたいと期待しています。
これだけ日本が弱っている状況ですから、いまこそ国政に父性が必要です。日本の国政が強さを取り戻さないと、本当に日本が終わってしまうかもしれない。だらしない政治に引きずられて、日本全体がだらしなくなってしまったら・・・私は本当に強い危機感を持っています。
細野さんをはじめ、若い大臣の皆さんには、「本当の事」を言っていただきたい。
もう「耳触りは良いけど空虚」な言葉には飽きました。「あいまい」や「先送り」を「優しさ」だと勘違いしている人は少なくなったと思います。厳しいけれども、日本の将来を見越した決断をしていただきたいと思います。これは原発問題だけではなく、あらゆる分野についてです。
私は今こそ、厳格なお父さんのような、それでいて子供たちの将来を誰よりも静かに願っている、そういう政治が期待されていると確信しています。
ステップ2(冷温停止)を達成したので、収束に至ったと判断した、とのことですが・・・そんなに甘いものでしょうか?私はこれまでいろんな方から学んできましたが、為政者とか、経営者というのは、状況判断は常にシビアでなくてはならないと思っています。私はあとあと大変なことにならなければいいが・・・と思っています。
細野大臣も、総理の発表を受けて、説明をしておられました。
細野さんと私は、同じ滋賀県の出身で、同じく静岡県で政治の仕事をする友人として、党派を超えて付き合ってきました。以前からこの男は大物になると確信していましたが、いま本当に良い顔になったと思っています。男らしい、政治家らしい顔になった、と思います。
私よりも1歳年上なのですが、その年齢で良くこれだけ重い仕事を受けておられる。おそらく家族も、自分の時間も、あらゆるものを犠牲にしてやっておられるのだと思います。この点では本当に頭が下がります。それに比べて私は・・・もう少し頑張らなければならないと反省しています。
説明も丁寧にされていて、福島の声を聞きながら一人でも多くの人が故郷に帰れるように・・・とおっしゃっていました。これはその通りです。
しかし一方で、細野さんだけに、私はもっと大きな期待をしてしまいます。それは、「本当の事」をはっきり告げる勇気です。これは、細野さんがウソを言っていると言うのではなく、「どうしようもないものは、どうしようもないのだ」というある意味冷徹になる覚悟を持っていただきたいと思っているのです。
おそらく多くの国民、これは福島の人たちも含めて、おそらくあの地域が帰れない地域であろうことは想像がついています。
少し考えればわかる事です。まずは年月です。3年たったら、5年たったら、10年たったら・・・高齢の方はどんどんなくなって行きます。また、壮年の方が高齢者になります。子供たちは大人になり、仕事や家族を持つようになります。そのような状態で、あの場所に帰って一からやり直せるでしょうか?これは非常に難しい。
あるいは、数年たって少しずつ帰れる地域が出来たとしましょう。数人あるいは数十人で帰って、町として再生できますか?そんな人数では商店も再生できず、生活に必要なものも用意できないでしょう。学校が用意できるか、子供は帰ってくるか。それ以前に、数年であっても放置された家は、もう家としては使えません。新しく新築するしかないのです。さらには道路などのインフラも地震で傷んでいます。
さらに言えば、福島の廃炉が完了するまで30年から50年と言われています。しかし本当にそうでしょうか。そもそも燃料が漏れだしている以上、30年や50年では近づくことすらできないかもしれない。そうすすと・・・あの地域の場合は、ひょっとしたら次の地震が来る時期に差し掛かるかもしれません。東日本大震災ほどではないにせよ、ボロボロの原発をもう一度地震と津波が襲えば・・・また振り出しに戻ることになるかもしれません。
総合的に考えると、「もう戻れません。あきらめてください。皆さんの土地は国で買い上げます。」というのが、政治家の本当の仕事なのかもしれません。というか、30年~50年たっても生きて日本を立て直してゆかなければならない、私たちの世代の政治家の仕事なのだと思います。
そもそもよく考えてみると、国政に必要なのは父性であり、地方の役割は母性でした。国は外国と交渉したり戦ったりしなければならない。また厳しい事も言わなければならない。何かを犠牲にしても日本全体のために冷徹な決断をしなければならない。昔の国政の政治家は、厳しいお父さんのような、そういう覚悟や使命感をもってやっておられました。
ただそれだけでは国民はもたない。だから地方自治体はきめ細かく住民に向き合ってきました。福祉や医療などの現場は常に地方でした。これは、まさに子供にいつも向き合うお母さんのようでした。私たち地方議員は、まさにお母さんのようにこまめに動き、現場の情報を集め、国のほころびの部分を丁寧に補正して政策を作ってきたわけです。
しかし今や・・・国会議員がリップサービスに走り、米つきバッタのように住民におもねって・・・全く父性というものを感じなくなりました。また、小選挙区制の導入によってその傾向はさらに顕著になりました。一票でも負けると落選してしまうので、今や国政は「右や左の旦那様」とばかりに、いろんな意見の人に迎合して、何の決断もできなくなってしまいました。
国会議員に本来求められるものが、多少の犠牲を押し切ってでも国のために決断する冷徹な勇気であり、自己犠牲を顧みない決断であり、命をかけての外国との交渉であるはずなのに・・・そういう父性がなくなってしまったのです。国会議員の選挙も、およそ強さや父性とはかけはなれた、極端な話が、個別の「かわいそう」で全体の発展を犠牲にする、政策としての本質を見誤るような意見を持った議員を選ぶようになったのです。お父さんのように厳しい決断をして、子供を大きく育てなければならないのに・・・やっているのは、「耳触りのいい言葉を吐いて」「言葉をぼかして」「少しでも批判が出ると立ち止まってしまい」「結果として先送り」というい政治になってしまいました。
もともと地方の役割は「やさしいお母さん」です。その地方ですら、そこまでひどくはありません。私の選挙区などは4人区ですから、いろんな局面ではっきりモノを言っても、多少強引に政策を進めても、それを一部の人に批判されたって落選しませんので、毅然とした態度で政治に臨めます。
それに比べると国政は・・・本当にだらしない有様です。
細野さんも、民主党政権の重責という立場があるのでしょう。しかし、できれば、「あと40年はこの世にいて、日本のために尽くさなければならない世代」の代表として、こうした「だらしない政治」を打ち破っていただきたいと期待しています。
これだけ日本が弱っている状況ですから、いまこそ国政に父性が必要です。日本の国政が強さを取り戻さないと、本当に日本が終わってしまうかもしれない。だらしない政治に引きずられて、日本全体がだらしなくなってしまったら・・・私は本当に強い危機感を持っています。
細野さんをはじめ、若い大臣の皆さんには、「本当の事」を言っていただきたい。
もう「耳触りは良いけど空虚」な言葉には飽きました。「あいまい」や「先送り」を「優しさ」だと勘違いしている人は少なくなったと思います。厳しいけれども、日本の将来を見越した決断をしていただきたいと思います。これは原発問題だけではなく、あらゆる分野についてです。
私は今こそ、厳格なお父さんのような、それでいて子供たちの将来を誰よりも静かに願っている、そういう政治が期待されていると確信しています。
2011年12月11日
人事院(人事委員会)勧告
12月議会が始まっているのに・・・というか、議会が始まったおかげで、準備や調整、政策調査でいそがしくて、活動報告を書く時間が取れず、失礼しました。
先週金曜日に私たちもボーナス(正式には期末勤勉手当)をいただきました。議員のボーナスに対する批判は主に3つあって、①議員という職務の性質上、ボーナスはそぐわない、②頑張っている議員も、何やってるか分からない議員も同じ金額と言うのは逆に不公平、③高額すぎる、ということなのですが、私はどれも正しいと思います。
私も手取りで150万円ほど頂いたと思う(まだ確認していないので、正確ではありません)のですが、市議会議員をやっていたころからこれらは全額、政治活動費や選挙の積立に充てることにしています。そもそも特に贅沢をするわけでもないし、日頃の給料で生活は賄えているので、そのようにしているのです。
議員の待遇については、これだけ議会改革が叫ばれているし、議員それぞれも議会改革をやると言って出てきているのでしょうから、真剣に取り組むべきだと思っています。
そうした中、現在県議会でも議会改革検討委員会が開かれており、私もその委員として積極的に発言しています。現在1回目の答申の準備をしているところで、一部まとまった項目もありますが、さきほど申し上げた議員の報酬や待遇については議論が平行線で、まとまりません。私はいずれにしても、第3者による議員の待遇を検討する委員会を設置し、忌憚ない意見をもらうべきだと思います。こと議員については、自分たちの給料を自分たちで決めるというのは宜しくないと思っています。
さて、それはそうと、タイトルに書いた人事院勧告(県では人事委員会勧告)ですが、国は結局ごたごたした揚句に、実施しないとのこと。これは本当にふざけています。
この制度は、全国で民間と公務員の給料を調査して、公務員の給料を調整する仕組みです。静岡県をはじめ各県各市で調査したものを国に吸い上げて、国、県、市がそれぞれ給料に反映させることになっています。
静岡県では、議会の冒頭に審議し、即日議決して給料を削減しました。したがって、今回支給されたボーナスから、削減が反映されています。議員も知事も一般職員もみな少しずつ減らしたわけです。
それにもかかわらず、そもそも制度を作った国が、これを無視しているというのですから、怒りを通りこして呆れてしまいます。おそらく昨日、違法に高額のボーナスを多くの国会議員と国家公務員は手にしています。削減が義務付けられているのに、国会で審議せず、さらには国会を延長もせず、無理だったとか難しかったと言い訳してルール以上の給料を受け取るなど、言語道断ですね。
このようなことをしていて、国は指導力を発揮できるのでしょうか?法律に従わない民間や地方自治体に対して、指導是正ができるのでしょうか?
「あなたがた、法に反して自分たちの給料を削減しなかったくせに、どの口がそんなことを言えるのか?」と反論されたときに、国はどう言い訳するのでしょうか?
いずれにしても、自分たちのことすらきちんとできない、ぐだぐだ言ってちゃっかり得をしているようなことを国家としてやっていては、国民の信頼はおろか、地方自治体も国に従う気持ちはなくなります。
国会議員の削減や、一票の格差に端を発した選挙制度改革も、ほったらかし。自分たちが不利益になることは、他の政策以上に大きな声で反論して、先送りする。こんなことを繰り返していたら、いよいよ地方から反乱をおこさなければならなくなります。
やるべきことをやらずに、国会は閉会してしまいました。史上最低の法案成立率だったそうです。年末年始にいろんな議員さんとお会いするので、しっかりと追及したいと思います。
先週金曜日に私たちもボーナス(正式には期末勤勉手当)をいただきました。議員のボーナスに対する批判は主に3つあって、①議員という職務の性質上、ボーナスはそぐわない、②頑張っている議員も、何やってるか分からない議員も同じ金額と言うのは逆に不公平、③高額すぎる、ということなのですが、私はどれも正しいと思います。
私も手取りで150万円ほど頂いたと思う(まだ確認していないので、正確ではありません)のですが、市議会議員をやっていたころからこれらは全額、政治活動費や選挙の積立に充てることにしています。そもそも特に贅沢をするわけでもないし、日頃の給料で生活は賄えているので、そのようにしているのです。
議員の待遇については、これだけ議会改革が叫ばれているし、議員それぞれも議会改革をやると言って出てきているのでしょうから、真剣に取り組むべきだと思っています。
そうした中、現在県議会でも議会改革検討委員会が開かれており、私もその委員として積極的に発言しています。現在1回目の答申の準備をしているところで、一部まとまった項目もありますが、さきほど申し上げた議員の報酬や待遇については議論が平行線で、まとまりません。私はいずれにしても、第3者による議員の待遇を検討する委員会を設置し、忌憚ない意見をもらうべきだと思います。こと議員については、自分たちの給料を自分たちで決めるというのは宜しくないと思っています。
さて、それはそうと、タイトルに書いた人事院勧告(県では人事委員会勧告)ですが、国は結局ごたごたした揚句に、実施しないとのこと。これは本当にふざけています。
この制度は、全国で民間と公務員の給料を調査して、公務員の給料を調整する仕組みです。静岡県をはじめ各県各市で調査したものを国に吸い上げて、国、県、市がそれぞれ給料に反映させることになっています。
静岡県では、議会の冒頭に審議し、即日議決して給料を削減しました。したがって、今回支給されたボーナスから、削減が反映されています。議員も知事も一般職員もみな少しずつ減らしたわけです。
それにもかかわらず、そもそも制度を作った国が、これを無視しているというのですから、怒りを通りこして呆れてしまいます。おそらく昨日、違法に高額のボーナスを多くの国会議員と国家公務員は手にしています。削減が義務付けられているのに、国会で審議せず、さらには国会を延長もせず、無理だったとか難しかったと言い訳してルール以上の給料を受け取るなど、言語道断ですね。
このようなことをしていて、国は指導力を発揮できるのでしょうか?法律に従わない民間や地方自治体に対して、指導是正ができるのでしょうか?
「あなたがた、法に反して自分たちの給料を削減しなかったくせに、どの口がそんなことを言えるのか?」と反論されたときに、国はどう言い訳するのでしょうか?
いずれにしても、自分たちのことすらきちんとできない、ぐだぐだ言ってちゃっかり得をしているようなことを国家としてやっていては、国民の信頼はおろか、地方自治体も国に従う気持ちはなくなります。
国会議員の削減や、一票の格差に端を発した選挙制度改革も、ほったらかし。自分たちが不利益になることは、他の政策以上に大きな声で反論して、先送りする。こんなことを繰り返していたら、いよいよ地方から反乱をおこさなければならなくなります。
やるべきことをやらずに、国会は閉会してしまいました。史上最低の法案成立率だったそうです。年末年始にいろんな議員さんとお会いするので、しっかりと追及したいと思います。
2011年11月27日
アジア太平洋学術フォーラム

昨日と今日は、グランシップでアジア太平洋学術フォーラムをやっています。
これは県が15年も取り組んでいる事業で、講師陣が良いので専門家の間ではだいぶ高い評価をいただけるようになってきました。
今回はエネルギーと震災対応がメインです。これは、時宜を得たテーマだと思います。
エネルギー問題に関しては、皆さん関心も高いことだと思いますが、そろそろ冷静な議論が必要だと思っています。
原発に関しても、私はこれまで以上に政治が責任と決定力を持たなければならないと思っています。
原発は、まず立地と稼働年数、設備の状況などに応じて、しっかりと仕分けをしなければなりません。
例えば、想定震源域の真ん中にある浜岡原発は、いくら防波堤を作ろうと、停止となるでしょう。これは、被災するリスク、そして被災した場合の被害人口やその金額が大きすぎるからです。
一方で、日本海側の原発はどうでしょうか。これは安全性を確保したうえで、余裕を持った耐用年数まで稼働というのが現実的な選択だと思います。日本海側はこれまで太平洋側ほど大きな地震・津波に襲われていないことが理由です。逆に言うと、この辺の原発まで止めてしまった場合、日本の経済は崩壊し、ただでさえ疲弊している日本にさらなる打撃を与えることになります。失業率なども大幅に増える事でしょう。
また、今日細野大臣は、もんじゅについて、廃炉を含めて検討という発言をしました。私はこれは、少し軽率であったのではないかと思います。
というのも、私が勉強した範囲では、もんじゅこそしっかりと技術開発を進めなければならない分野です。それは、この装置こそ、原発の使用済み燃料のなかからMAと呼ばれる危険度の高い物質を燃やし、より安全な状態にすることができる炉だからです。仮にもんじゅそのものを廃炉にするにせよ、新しい研究設備をつくらなければ、浜岡にも、福島にも残されている使用済み燃料を処理する手段をなくしてしまいます。
また、再生可能エネルギーの開発も進めなければなりません。この分野ではヨーロッパが先行していると言われますが、ヨーロッパは再生可能エネルギーの大部分を熱利用することで、ストーブなどの年商を減らし、CO2を削減しています。寒いヨーロッパと、むしろ暑い日本とでは、このあたりの対応がだいぶ変わってきます。しかし、再生可能エネルギーの利活用を進めるのであれば、太陽光発電の設置のみならず、たとえば火力発電所や工場から出される熱を、一定地域の住宅の暖房に利用するなどの地域ぐるみの方法を進めなければ、とうてい進むものではありません。
それから震災対策については、特に経済について、サプライチェーンの確保が最大の課題だと考えています。浜松地域においても、東日本の震災で部品が入らず、工場が止まってしまいました。この問題は、とても静岡県というくくりでは対応できるものではありません。企業立地の問題も含めて、最低でも東海地区という広域でとらえてゆかなければなりません。そういう点も含めて、地方の時代と言いながら、市とか県という行政区画では今の経済活動の範囲からは小さくなりすぎているのかもしれません。とはいえ、今はそれが行政単位である以上、県として最大限の対応を進めたいと思っています。
ほかにも、書きたいことは山ほどあるのですが、私も今回のフォーラムでいろいろ気づいた事、自分の考えを整理できたことがたくさんありました。
印象的だったのは、藤本先生の言葉です。「空気を読んで意見するような組織や経営体は、いまや通用しない。いま不祥事で問題になっているような会社を作るだけだ。自分の頭で考えて、言うべき事を言う、こういう体制をつくらなければならない。」
これは、企業の経営者あるいは管理者に向けたメッセージですが、何よりも政治がまっさきに聞かなければなりません。
党の方針に反すると損するとか、あまり言うと孤立するとか、仲間に迷惑をかけるとか・・・国民のために働くと言っていた候補者が、当選した途端に、国民の事よりも自分の立場や周りの目を気にして内部の理屈だけで政治行動をする・・・これは現在の国政を悪くした最大の要素です。
私が知っている限り、以前はそうした事を越えて、ある意味空気など読まないで、言うべき事を言う議員さんがたくさんおられました。ある意味、器の大きさを感じる議員さんがいました。
しかし、小選挙区の導入で、選挙区が小さくなったことに合わせて議員さんも小さくなった。いまや、「右や左の旦那さま」、という二枚舌で誰にでも迎合する、八方美人で何の主張もなく、つまりは何も仕事が出来ない議員さんが目立つようになりました。
私もこうしたご指摘をしっかりと受け止めて、しっかりと主張できる議員を目指して研鑽を深めたいと思います。書ききれない思いや意見もあるのですが、今後少しずつ意見してゆきたいと思います。
2011年10月28日
君子「危うきTPP」に近寄らず
最近、TPPに参加するのか不参加なのかが、だいぶ国会で議論されるようになったので、地元で聞かれることも多くなってきました。そこで、すこし私の考えをまとめておきたいと思います。
いろいろ勉強してみて、結論から言うと、いまの状況では「TPPには参加すべきではない」と思っています。
しかしその前に、分かりやすくするために、TPPと切り離して市場のあり方について申し上げたいと思います。
私は原則的には市場開放、市場拡大をすべきだと考えています。理由は大きく二つあって、①日本の技術や商品は、農林水産業を含めてかなり高度であり、競争力が高いと考えている事、②全世界で市場のブロック化が進んでおり、日本は孤立主義になるべきではない事です。
特に2点目に関しては、かつて日本が第二次大戦に突入せざるを得なくなった最大の理由です。戦争に突入した当時の日本は、欧米列強から経済封鎖を敷かれ、窮鼠となってしまっており、それなりの理由があったと思っています。一方で、問題はその前の10年間に、そういう状況にならないように外交で立ちまわれなかったという反省があります。つまり、国際政治の世界は、その時点時点の判断に至るまでが大事、プロセスの段階でシナリオが決まってしまうというものだと、理解する必要があります。
そういう点からも、今回のプロセスは大切です。
その上でTPPについて申し上げると、今回の議論では、「日本の工業製品の輸出が進むのではないか」ということと、「外国の農水産物が大量に入ってくるのではないか」という2点のバランスというか、どっちを取るかの議論ばかりなのが、きわめて残念です。
この点についてはテレビや新聞などでもやっているので、簡単でいいかと思うのですが、「輸出は大して増えない⇒TPPの主なマーケットであるアメリカの関税は安いし、現地生産も進んでいる」「農産品は、原料用途以外はあまり増えない⇒日本人の味と鮮度、安全性に対する意識は高い」と思っています。
私はそれ以外の市場分野について、関心と警戒感を持っています。
一つは金融です。金融技術はアメリカに比べて日本は遅れており、訴訟大国のアメリカと同じ仕組みになったら、外資に食いつくされてしまうと懸念しています。金融機関は現在、特に銀行などは十分な納税をしていません。私は外形課税をさらに強めて、金融機関の税金を上げてでも、外資が入ってきにくい障壁を作ってもいいと思っています。日本の金融機関にしても、税金をたくさん納めることで外資の参入規制になるなら、合意が取れるのではないでしょうか。
二つ目は医療分野です。世界で最先端の医療を誇る日本が、市場開放を迫られた時・・・今の医療レベルがどうなるのか、薬品の価格や品質保証がどうなるのか、外国人医師や医療目的の来日に対しどう対応するのか、マイナスの影響が懸念されます。市場開放という視点から、市民の健康や安心を脅かすわけにはいきませんので、反対です。
三つ目は労働の分野です。どういうわけか・・・労働組合の代表である連合はTPPに賛成を表明しています。TPPに参加すると労働市場も開放されると言う事を知らないのでしょうか?
外国から労働者がたくさん流入してくる事は、日本では浜松が一番経験しています。それでも全人口の1割にも満たない数字です。労働市場が開放されたら、単なる労働力だけでなく、雇用者賃金や年金制度や福利厚生分野まで広く影響される事が予想されるので、日本人にとってはマイナスだと考えます。
さらには、現時点では参加するとかしないとか言っている最後の国が日本だとされているようですが、今後このTPPに中国が入ってきたらどうするつもりでしょうか?
当然、同じ条件で中国に対しても市場開放する事になります。そうすると、今の条件そのものが崩れるわけですが、それでも途中離脱というわけにはいかなくなるでしょう。今後どうなるのか想定しながら、10年、20年後も見据えながら、外交問題は取り組んでいかなければなりません。これは、第二次大戦に至り、日本が敗戦してしまった最大の反省点でもあります。
一方で、全世界規模で市場のブロック化が進もうとしています。例えばヨーロッパは、市場はもとより通貨まで統合しました。また、アジアの覇権を目指しつつ、アフリカに触手を伸ばしている中国の動きも警戒しなければなりません。そうすると、日本とアメリカの同盟関係を含めて、ある一定地域の市場の確保とイニシアティブの確保が絶対に必要です。
そういう重要な政治判断、外交戦略を推進するのが・・・今の民主党政権というのも不安要素です。こういう問題は、何をやるのかという条件を議論したところで、「誰がやるのか」次第で良くもなったり悪くもなるものです。これは、料理と一緒です。一流の料理人が作る絶品の料理も、材料は家庭の食材と似たようなものだったりします。プロの料理人が作るのか、思いつきでシロウトの家庭科教室の生徒が作るのか、実はその点が一番重要だったりします。
残念ながら、いまの政権が交渉につくとすると・・・とても強力なリーダーシップを発揮できると思えないし、手練手管の交渉が出来ると思えないので、「君子危うきに近寄らず」が正解ではないでしょうか。
いろいろ勉強してみて、結論から言うと、いまの状況では「TPPには参加すべきではない」と思っています。
しかしその前に、分かりやすくするために、TPPと切り離して市場のあり方について申し上げたいと思います。
私は原則的には市場開放、市場拡大をすべきだと考えています。理由は大きく二つあって、①日本の技術や商品は、農林水産業を含めてかなり高度であり、競争力が高いと考えている事、②全世界で市場のブロック化が進んでおり、日本は孤立主義になるべきではない事です。
特に2点目に関しては、かつて日本が第二次大戦に突入せざるを得なくなった最大の理由です。戦争に突入した当時の日本は、欧米列強から経済封鎖を敷かれ、窮鼠となってしまっており、それなりの理由があったと思っています。一方で、問題はその前の10年間に、そういう状況にならないように外交で立ちまわれなかったという反省があります。つまり、国際政治の世界は、その時点時点の判断に至るまでが大事、プロセスの段階でシナリオが決まってしまうというものだと、理解する必要があります。
そういう点からも、今回のプロセスは大切です。
その上でTPPについて申し上げると、今回の議論では、「日本の工業製品の輸出が進むのではないか」ということと、「外国の農水産物が大量に入ってくるのではないか」という2点のバランスというか、どっちを取るかの議論ばかりなのが、きわめて残念です。
この点についてはテレビや新聞などでもやっているので、簡単でいいかと思うのですが、「輸出は大して増えない⇒TPPの主なマーケットであるアメリカの関税は安いし、現地生産も進んでいる」「農産品は、原料用途以外はあまり増えない⇒日本人の味と鮮度、安全性に対する意識は高い」と思っています。
私はそれ以外の市場分野について、関心と警戒感を持っています。
一つは金融です。金融技術はアメリカに比べて日本は遅れており、訴訟大国のアメリカと同じ仕組みになったら、外資に食いつくされてしまうと懸念しています。金融機関は現在、特に銀行などは十分な納税をしていません。私は外形課税をさらに強めて、金融機関の税金を上げてでも、外資が入ってきにくい障壁を作ってもいいと思っています。日本の金融機関にしても、税金をたくさん納めることで外資の参入規制になるなら、合意が取れるのではないでしょうか。
二つ目は医療分野です。世界で最先端の医療を誇る日本が、市場開放を迫られた時・・・今の医療レベルがどうなるのか、薬品の価格や品質保証がどうなるのか、外国人医師や医療目的の来日に対しどう対応するのか、マイナスの影響が懸念されます。市場開放という視点から、市民の健康や安心を脅かすわけにはいきませんので、反対です。
三つ目は労働の分野です。どういうわけか・・・労働組合の代表である連合はTPPに賛成を表明しています。TPPに参加すると労働市場も開放されると言う事を知らないのでしょうか?
外国から労働者がたくさん流入してくる事は、日本では浜松が一番経験しています。それでも全人口の1割にも満たない数字です。労働市場が開放されたら、単なる労働力だけでなく、雇用者賃金や年金制度や福利厚生分野まで広く影響される事が予想されるので、日本人にとってはマイナスだと考えます。
さらには、現時点では参加するとかしないとか言っている最後の国が日本だとされているようですが、今後このTPPに中国が入ってきたらどうするつもりでしょうか?
当然、同じ条件で中国に対しても市場開放する事になります。そうすると、今の条件そのものが崩れるわけですが、それでも途中離脱というわけにはいかなくなるでしょう。今後どうなるのか想定しながら、10年、20年後も見据えながら、外交問題は取り組んでいかなければなりません。これは、第二次大戦に至り、日本が敗戦してしまった最大の反省点でもあります。
一方で、全世界規模で市場のブロック化が進もうとしています。例えばヨーロッパは、市場はもとより通貨まで統合しました。また、アジアの覇権を目指しつつ、アフリカに触手を伸ばしている中国の動きも警戒しなければなりません。そうすると、日本とアメリカの同盟関係を含めて、ある一定地域の市場の確保とイニシアティブの確保が絶対に必要です。
そういう重要な政治判断、外交戦略を推進するのが・・・今の民主党政権というのも不安要素です。こういう問題は、何をやるのかという条件を議論したところで、「誰がやるのか」次第で良くもなったり悪くもなるものです。これは、料理と一緒です。一流の料理人が作る絶品の料理も、材料は家庭の食材と似たようなものだったりします。プロの料理人が作るのか、思いつきでシロウトの家庭科教室の生徒が作るのか、実はその点が一番重要だったりします。
残念ながら、いまの政権が交渉につくとすると・・・とても強力なリーダーシップを発揮できると思えないし、手練手管の交渉が出来ると思えないので、「君子危うきに近寄らず」が正解ではないでしょうか。
2011年10月24日
里山やら自衛隊やら

今週末はいろいろ行事がたてこんでいました。
昨日は、まず地元の里山の収穫祭に行きました。ここは椎の木谷といって、とみつかの真ん中(地理的に)と言ってもいいところに、豊かな自然が残っているのです。
その日も雨上がりだったので、まるで深い森にいるかのような木々の青いにおいと、高い湿度に囲まれていました。ここでは、元市議の先生が最近田んぼを開墾されて、そこで取れたお米のおにぎりや、椎の木や名物の荏胡麻(えごま)のおだんごなどをいただきました。
地域の環境を守ると言う事は誰にでも言えるのですが、田んぼを作ったり、お団子を作ったりという知恵は地域活動をしないと守れません。もうすでに私たちの世代は、お米はスーパーで買うものになっていて(私は幸い、ときどき故郷のお米を送ってもらっていますが)、いったいどうやって作るのか分からないと言うのが現状です。日本人の主食についてもこんな次第ですから、他の物はもっとです。
こうしたことは、学校教育のみに頼ることはできません。さいわい、この富塚では、年配の方々がそうした事を教えてくださる学校がいくつかあります。私の子どもたちも学んでいます。まずは浜松の各地に、そしていずれは静岡県全域に、環境を守り、日本人が昔からしてきた農業はなんなのか、食に関する営みはどうやるのか、そういうことを基礎基本として学べる場所を作りたいと思っています。
それから、自衛隊のエアフェスタに行きました。この日は雨だったので、いつもより観客数は少なく思いました。
少し前に、F-15の燃料タンク落下事故があったせいで、例のシロウト防衛大臣がF-15そのものの飛行を禁止しましたので・・・展示のみで終わりました。まあしかし・・・燃料タンクを装備しない機体まで飛行禁止というのは、行き過ぎだと思います。消防車のはしごが壊れたら、そのはしごを積んでいる消防車を全部走行禁止にするのでしょうか?
もちろん原因究明と再発防止、徹底した全数検査は必要ですが、防衛機材は緊急車両と同じです。万が一に備えて装備しているものですから、たゆまない訓練が必要です。むかしからいう、「百年兵を鍛えて、その一日に備える」というものです。シロウト大臣とか元水着ギャル大臣など、いい加減にしていただきたいものです。
自衛隊は、東日本大震災の出動などで、本当に大活躍でした。多くの日本人が強力な装備を持った防衛力の必要性を感じた事でしょう。他国の軍隊、特にリビアなどのほぼ私的な軍隊と違い、自衛隊は自国民に銃口を向ける事はありません。むしろ、自分たちの命を顧みずに国民と国土の防衛にあたる訓練を受けています。
尖閣諸島での中国艦船との衝突事故、またその後発生した中国進出企業の日本人社員を拘束した問題をはじめ、東アジア情勢は不安定です。こうした時にこそ、政治の力が必要なので・・・本当にしっかりしてもらいたいと思います。
2011年10月14日
JALに運行支援金支払い
長かった9月議会も明日が最終日です。今日、議会運営委員会が開かれて、注目されていたJALとの搭乗率保証問題、つまり運行支援金の支払いの和解については、全会一致で可決する見込みとなりました。
これはもともと、片務的な搭乗率保証の契約を結んだ事がミスであったと私は思っています。私は県議会の本会議で反対したものの、大多数が賛成したため可決されました。多くの議員と議論を尽くしたものの、私の力不足に終わりました。付帯決議を付けたと言っても、具体的な内容のない付帯決議ですので、言い訳にもならないと反省しています。
その後、川勝知事が就任され、搭乗率保証に異論を唱えました。もちろん勝手にやめるわけにいきません。そこで、知事は契約に基づいて、搭乗率保証の見直しを進めようと協議を持ちかけたのですが・・・当時破綻が決定し、前原大臣が連れてきた「JAL再生タスクフォース」とやらに支配されてしまっていたJALは、何の反応も見せずに路線を撤退してしまいます。
結果として、鳴り物入りでやってきたJAL再生タスクフォースは、たいした仕事もしないまま、潰れかけたJALに10億円もの費用を請求して、解散します。静岡県からすれば、こんな迷惑な話はありませんでした。このことを前原氏はどのように思っているのか、聞いてみたいものです。
私は川勝知事の戦いは、結果としてこのタスクフォース、商道徳を忘れてお金の計算のみに走ってしまったJALとの戦いだったのではないかと思っています。また、その動機は県民の血税をこのような事に支払えないと言う、純粋な思いであったと思っています。ですから、一連の知事の戦いを応援していました。
一方で、契約がある以上・・・どこかで支払わなければならないとも思っていました。撤退を決めた時期のJALの対応はひどいものでしたが、それを理由に契約解除できないのなら、支払うしかないとも覚悟していました。契約があるのに支払わないとすれば・・・もう誰も県と契約してくれなくなるからです。
明日の本会議で、私も討論に立ち、自分の意見をぶつけるつもりです。2年間にわたる戦いを終えるのですから、しっかり言及しておかなければなりません。そして和解が成立したら、あらためて今回の一連の問題を総括しなければなりません。
また、県民の血税を1億5000万円も使う以上、ただでは転ばないと言う姿勢が必要です。委員会では県当局は、今後JALからどういう条件を引き出すかについて、あいまいな答弁を繰り返しました。JALとの話し合いもせず、内容も分からないのに議案を出すと言う事には、私は非常に残念に思っています。本会議では、仄聞を元にして答弁をする始末ですし。ともすれば、こういったいい加減な姿勢だけでも、否決したいくらいの気持ちになりました。
この点については、知事も覚悟を持って交渉に臨むと言っていますので、期待したいと思っています。
いずれにしても、和解で終わる話ではありません。空港は県政のお荷物になりかねない状況ですので、私もできるかぎりの努力をしたいと思います。
これはもともと、片務的な搭乗率保証の契約を結んだ事がミスであったと私は思っています。私は県議会の本会議で反対したものの、大多数が賛成したため可決されました。多くの議員と議論を尽くしたものの、私の力不足に終わりました。付帯決議を付けたと言っても、具体的な内容のない付帯決議ですので、言い訳にもならないと反省しています。
その後、川勝知事が就任され、搭乗率保証に異論を唱えました。もちろん勝手にやめるわけにいきません。そこで、知事は契約に基づいて、搭乗率保証の見直しを進めようと協議を持ちかけたのですが・・・当時破綻が決定し、前原大臣が連れてきた「JAL再生タスクフォース」とやらに支配されてしまっていたJALは、何の反応も見せずに路線を撤退してしまいます。
結果として、鳴り物入りでやってきたJAL再生タスクフォースは、たいした仕事もしないまま、潰れかけたJALに10億円もの費用を請求して、解散します。静岡県からすれば、こんな迷惑な話はありませんでした。このことを前原氏はどのように思っているのか、聞いてみたいものです。
私は川勝知事の戦いは、結果としてこのタスクフォース、商道徳を忘れてお金の計算のみに走ってしまったJALとの戦いだったのではないかと思っています。また、その動機は県民の血税をこのような事に支払えないと言う、純粋な思いであったと思っています。ですから、一連の知事の戦いを応援していました。
一方で、契約がある以上・・・どこかで支払わなければならないとも思っていました。撤退を決めた時期のJALの対応はひどいものでしたが、それを理由に契約解除できないのなら、支払うしかないとも覚悟していました。契約があるのに支払わないとすれば・・・もう誰も県と契約してくれなくなるからです。
明日の本会議で、私も討論に立ち、自分の意見をぶつけるつもりです。2年間にわたる戦いを終えるのですから、しっかり言及しておかなければなりません。そして和解が成立したら、あらためて今回の一連の問題を総括しなければなりません。
また、県民の血税を1億5000万円も使う以上、ただでは転ばないと言う姿勢が必要です。委員会では県当局は、今後JALからどういう条件を引き出すかについて、あいまいな答弁を繰り返しました。JALとの話し合いもせず、内容も分からないのに議案を出すと言う事には、私は非常に残念に思っています。本会議では、仄聞を元にして答弁をする始末ですし。ともすれば、こういったいい加減な姿勢だけでも、否決したいくらいの気持ちになりました。
この点については、知事も覚悟を持って交渉に臨むと言っていますので、期待したいと思っています。
いずれにしても、和解で終わる話ではありません。空港は県政のお荷物になりかねない状況ですので、私もできるかぎりの努力をしたいと思います。
2011年10月11日
ザザ中央館破産
ザザシティ中央館を運営するアルファ100の破産が確定したようです。今日、破産管財人が確定したという情報をいただきました。
破産は、以前は破産宣告と行っていたのですが、今は破産法が改正され、破産手続き開始決定と言います。いずれにしても、これからやっと処分がスタートすると言うことになります。
まず、破産手続きをしたのは、静岡地裁浜松支部ではなく、東京地裁です。これは、以前から破産を前提に会社の登記を変えていたと言う事でしょう。浜松での処理は関係者も多く、色々難しい面もあるのかもしれません。しかし、計画的であることには間違いなく、市民の税金をつぎ込んでいる物件だけに、批判が出る可能性があります。
それと、破産直前に日管さんと契約を交わしたとのことですが・・・この手法自体は、プレパッケージ型とも呼ばれるスタイルで、あらかじめ引受先を見つけておいて、結果として債権者の利益を確保すると言うものですが、どうも違和感を感じます。というのも、これまでの経緯のなかで、金融機関がサービサーに債券を譲ってから、債権者側のハンドリングが無くなっていたからです。今回も債務者、経営者側が引受先を見つけてきたとのことですが、債務者が直前に資産処分する事は、破産管財人や債権者集会で意義が出る可能性があります。一連のやり取りについての合理性を示す必要が出ると思います。
また、いまだに記者会見も市民に向けた発表も何もされていない事も、不思議です。市が貸し込んでいると言う事は、広い意味で市民が債権者であるということです。それが今回、少なくとも6億円以上の市民負担をお願いする以上、市民に対する説明責任と謝罪があってもしかるべきです。破産当事者はこのことをどの程度認識しているのか、私は疑問に思っています。
あわせて、市民の多額の負担を強いながら事業を進め、あげくの果てに6億以上をドブに捨てる結果となったこの一連の開発失敗が何だったのか、しっかりと検証する責任があります。
ザザ中央館の破たんは、日本全国を見ても、珍しいと言うか恥ずかしいと言える破綻です。10年以上もダッチロールを繰り返したあげく、最期は市民につけを回して破産というひどい結末です。
全国的にも恥ずかしい事例だけに、しっかりと検証して、今後同じミスを浜松市が起こさないようにしなければなりません。また、日本中に検証結果を発信して、悪い見本として同じような失敗を防ぐことこそ、せめてもの償いだと思います。
同時に、検証を進めると、いろんな事実が判明する事でしょう。例えば、市は過去に、一部の人を対象に、市民負担が無限に拡大するような無責任な契約を結んでいます。これは、その方々が悪いのではなく、明らかに市が悪いものです。一部の人たちはバブル崩壊後の再開発に懐疑的でした。また、シロウトである地権者たちが商業ビルを運営する事にも懐疑的でした。そうした方々を納得させるために、あとの事を考えず、また公平性という行政の責任を見失い、さらに最もひどいのは、多くの市民の利益を守ると言う、市の最も重要な使命を忘れて、不適切な契約を結んでいるのです。こうしたミスがいろんな時点であって、隠せるものは隠しながら、ごまかしながらやってきた結末が、今回の破産です。
今回の件は、私も市議会で当事者であった時期もあるので、責任の一端があると思っています。当時もいろんな事を調べ、いろんな主張をしましたが、大きく取り上げられる事はありませんでした。当時の私の主張を知る方は、「ほらみたことか!」と言ってくださる方もいますが、当時の私の力の無さ、私の議員としての信頼の軽さを反省しています。
一方で、これから私にできるせめてもの責任として、今回の件をオープンにし、検証する事に全力で協力したいと思います。これは犯人探しをするということではなく、行政の失敗を検証し、2度と同じミスを犯さないようにすると言う事が目的です。そういう前向きの意味で、過去に関係した方々の協力を得て、真実を明らかにすべきだと思っています。そうすることが、ザザ中央館を再生させるためにも第一歩になるでしょう。逆に言うと、検証なくしてザザ中央館の再生はあり得ません。
今後もザザ中央館問題には関心を持って対応してゆきたいと思いますので、また皆様の情報もお寄せください。よろしくお願いいたします。
破産は、以前は破産宣告と行っていたのですが、今は破産法が改正され、破産手続き開始決定と言います。いずれにしても、これからやっと処分がスタートすると言うことになります。
まず、破産手続きをしたのは、静岡地裁浜松支部ではなく、東京地裁です。これは、以前から破産を前提に会社の登記を変えていたと言う事でしょう。浜松での処理は関係者も多く、色々難しい面もあるのかもしれません。しかし、計画的であることには間違いなく、市民の税金をつぎ込んでいる物件だけに、批判が出る可能性があります。
それと、破産直前に日管さんと契約を交わしたとのことですが・・・この手法自体は、プレパッケージ型とも呼ばれるスタイルで、あらかじめ引受先を見つけておいて、結果として債権者の利益を確保すると言うものですが、どうも違和感を感じます。というのも、これまでの経緯のなかで、金融機関がサービサーに債券を譲ってから、債権者側のハンドリングが無くなっていたからです。今回も債務者、経営者側が引受先を見つけてきたとのことですが、債務者が直前に資産処分する事は、破産管財人や債権者集会で意義が出る可能性があります。一連のやり取りについての合理性を示す必要が出ると思います。
また、いまだに記者会見も市民に向けた発表も何もされていない事も、不思議です。市が貸し込んでいると言う事は、広い意味で市民が債権者であるということです。それが今回、少なくとも6億円以上の市民負担をお願いする以上、市民に対する説明責任と謝罪があってもしかるべきです。破産当事者はこのことをどの程度認識しているのか、私は疑問に思っています。
あわせて、市民の多額の負担を強いながら事業を進め、あげくの果てに6億以上をドブに捨てる結果となったこの一連の開発失敗が何だったのか、しっかりと検証する責任があります。
ザザ中央館の破たんは、日本全国を見ても、珍しいと言うか恥ずかしいと言える破綻です。10年以上もダッチロールを繰り返したあげく、最期は市民につけを回して破産というひどい結末です。
全国的にも恥ずかしい事例だけに、しっかりと検証して、今後同じミスを浜松市が起こさないようにしなければなりません。また、日本中に検証結果を発信して、悪い見本として同じような失敗を防ぐことこそ、せめてもの償いだと思います。
同時に、検証を進めると、いろんな事実が判明する事でしょう。例えば、市は過去に、一部の人を対象に、市民負担が無限に拡大するような無責任な契約を結んでいます。これは、その方々が悪いのではなく、明らかに市が悪いものです。一部の人たちはバブル崩壊後の再開発に懐疑的でした。また、シロウトである地権者たちが商業ビルを運営する事にも懐疑的でした。そうした方々を納得させるために、あとの事を考えず、また公平性という行政の責任を見失い、さらに最もひどいのは、多くの市民の利益を守ると言う、市の最も重要な使命を忘れて、不適切な契約を結んでいるのです。こうしたミスがいろんな時点であって、隠せるものは隠しながら、ごまかしながらやってきた結末が、今回の破産です。
今回の件は、私も市議会で当事者であった時期もあるので、責任の一端があると思っています。当時もいろんな事を調べ、いろんな主張をしましたが、大きく取り上げられる事はありませんでした。当時の私の主張を知る方は、「ほらみたことか!」と言ってくださる方もいますが、当時の私の力の無さ、私の議員としての信頼の軽さを反省しています。
一方で、これから私にできるせめてもの責任として、今回の件をオープンにし、検証する事に全力で協力したいと思います。これは犯人探しをするということではなく、行政の失敗を検証し、2度と同じミスを犯さないようにすると言う事が目的です。そういう前向きの意味で、過去に関係した方々の協力を得て、真実を明らかにすべきだと思っています。そうすることが、ザザ中央館を再生させるためにも第一歩になるでしょう。逆に言うと、検証なくしてザザ中央館の再生はあり得ません。
今後もザザ中央館問題には関心を持って対応してゆきたいと思いますので、また皆様の情報もお寄せください。よろしくお願いいたします。
2011年09月30日
ザザシティ中央館再生へ
今日の新聞で、ザザシティ中央館(厳密に言うと、運営会社と再開発組合)が新たに再生に向けた動きを進めることになったと報道されていました。
このこともあって、マスコミを含めていろんな方から連絡があったので、私なりの考えをお伝えしておきたいと思います。
まず、報道によると、ザザシティを浜松の日管さんに売却するとのことで、このことについては本当に良かったと思っています。わけのわからない会社に買い取られたのでは、また同じことの繰り返しになるからです。日管さんなら、地元にずっと貢献してこられ、信頼も実績もある企業ですので、いろんな意味で安心できます。地元企業の中で、再生に協力する会社も多く現れると思いますので、私もしっかりと応援したいと思っています。
一方で、報道の切り口については、ザザを売るとか買うとかの視点しかなく、これは残念に思っています。今回の事件の本質は、誰が買うかとか、誰に売るかということではないからです。これは、情報源がそうだからそうなってしまっているのでしょうが、あくまで「地権者の視点・発想」でしかありません。つまり、ザザシティの下の地面を持っている人が「今度は誰が私に地代を払ってくれるのか」という事だけの話であり、多くの市民にとってはどうでもいい話です。関係があるのは20人程度の地権者だけです。
そんなことより、今回の事件、というか処理スキームにより、浜松市が融資してきた7億円以上の都市開発資金が焦げ付くことになります。つまり、一連の処理に伴って、浜松市民がその処理費用の一部を負担すると言うことになるわけです。このことのほうが、行政監視の視点からも、公共の福祉の視点からも、また多くの市民が関係すると言うことからも、最も重要な視点だと思っています。
さらに皮肉なことに、その責任を今の康友市長が負わなければなりません。康友市長はザザシティの開発を強行したわけでもなく、市民の税金7億円を投入したわけでもありません。むしろ、この5年間、どう処理するかに頭を悩ませ続けてきた事でしょう。市長である以上仕方がないにせよ、この点だけはどうも腑に落ちません。
もっと言うと・・・まあどうでもいい話かもしれませんが、私は康友市長が国会議員の時から応援しているので覚えているのですが・・・ザザシティがオープンした時に康友市長は国会議員でした。でも、ザザシティのオープンには招かれていません。もちろん他の議員は招かれています。野党だったからなのか、理由は知りませんが、オープン時に招かれてもいない施設が破綻して、結果として市民負担が7億も発生して、その責任を負わなければならない。もうこれは悲劇なのか喜劇なのかもわからないような、変な話です。
いずれにしても、この件については、しっかりとした検証が必要だと考えています。これはマスコミの皆さんにもお願いしたいと思います。いったいなんだったのかを市民に伝える必要があるからです。
問題の根本は、バブルの時に立てた再開発の計画を、バブル崩壊後も強行しようとした事です。もちろんやめるタイミングはたくさんあり、私も当時は浜松の市議会議員でしたので、折に触れて反対意見を表明していました。たとえば、ザザの6階と7階に入っているこども館。私の記憶が正しければ、5階のフロアと合わせて40億(くらい。資料が手元になく記憶を頼りに書いているので、違ってればお詫びしたいと思います)の金額で浜松市が買い取っています。ちなみに、地下1階から4階までの5フロアも、同じくらいの値段です。つまり、いかに高く市、つまり市民は買い取ることになったのか。これは理由ははっきりしていて、いわゆる「裏補助金」です。補助金は規定以上出せないのですが、それでは再開発は進まない。バブル崩壊で賃料は下がり、フロアも余る。そこで、余ったフロア、余るであろうフロアを市が高く買い取ることによって、事実上の補助金としているのです。一方市民の立場からすれば、無理な再開発をバブル崩壊後も続けようとしたために、多額の税金を一部の人たちのために使われたと言うことになります。
こども館は浜松の子どものために必要な施設だ、という人もいるし、確かにそうかもしれません。しかし40億の金があれば、保育園なら50くらいは作れるし、学校の教材を充実させたり、公園の遊具を充実させたり、同じお金でいろんな事が出来ます。どちらがいいかを聞けば、一目瞭然ですね。その選択肢を議論するのが政治のはずなのですが、私も反対意見を持ちながら止められなかった当時の力の無さを恥じていますし、市長選にも落選しましたし、大きな意味でも私にも責任の一端があると思っています。
また、ザザに追加資金を投入しようとして、市議会に否決されたこともありました。私も当時の再生スキームを見ましたが、追加資金を投入したところでザザシティの経営改善、赤字体質脱却につながらないような計画、さらにはザザ当事者の負担がないのに市民負担があると言うちぐはぐな計画でしたので、その旨の意見を申しあげました。いろんな議論の末に市議会は否決したのですが、このことで逆に組合は解散できなくなり、今に至っています。市の方も議会に否決されたことで思考停止に陥り、もっと良い案、当事者も応分の負担をする案を検討し、関係者への働き掛けや公開の場での議論を進めるべきでしたのに、市議会否決を機に無関係主義に進んでいったのです。
その後、新市長が誕生し、再生に向けてかなり頭を悩まされた事と思いますが、時すでに遅く、10年前に無理を承知で再開発を強行した時のミスを取り戻す事は既に出来なくなっていました。去年あたりから債務超過に陥ったと聞いていました。また、7億円の都市開発資金の返済開始が迫ってきました。去年から、「そろそろだな・・・」と思っていたのですが、いまだに処理がなされないので「よく持つな・・・」と思っていたところでした。ですから、報道を受けても驚く事はなく、「ああ、やっときたか」と思った次第です。
ただし、これからの処理の方が大変です。まだ今は「再生のためのスタートに立った」だけです。私も中小企業診断士の端くれですので大体わかりますが、どういう形で清算するにせよ、浜松市(つまり浜松市民)を含む債権者との調整も含めて、さまざまな困難が想定されます。しかも、長引かせるとどんどん資産価値がなくなってゆく。
廃墟と化した松菱のようなビルを、その横にもう一本作るわけにはいきません。再生を目指すと言う方向性が出た以上、私も微力ながら応援したいと思っています。
いずれにしても、どこかの時点で今回の事件の検証をしっかりしなければなりませんね。10年以上もさかのぼらなければなりませんが、逆に言うとそれだけの年月、私も含めて対応が出来なかった結果、10年かけて7億円の市民のお金をドブに捨てたと言う事です。市長一人の責任にするわけにはいかないと思っています。
報道関係の皆様にも、ぜひ市民に分かるように、よく取材して分析して、報道していただきたいと思っています。このような状況になった以上、できるだけ公開の場で議論して対応するのが道理だと思いますので。
このこともあって、マスコミを含めていろんな方から連絡があったので、私なりの考えをお伝えしておきたいと思います。
まず、報道によると、ザザシティを浜松の日管さんに売却するとのことで、このことについては本当に良かったと思っています。わけのわからない会社に買い取られたのでは、また同じことの繰り返しになるからです。日管さんなら、地元にずっと貢献してこられ、信頼も実績もある企業ですので、いろんな意味で安心できます。地元企業の中で、再生に協力する会社も多く現れると思いますので、私もしっかりと応援したいと思っています。
一方で、報道の切り口については、ザザを売るとか買うとかの視点しかなく、これは残念に思っています。今回の事件の本質は、誰が買うかとか、誰に売るかということではないからです。これは、情報源がそうだからそうなってしまっているのでしょうが、あくまで「地権者の視点・発想」でしかありません。つまり、ザザシティの下の地面を持っている人が「今度は誰が私に地代を払ってくれるのか」という事だけの話であり、多くの市民にとってはどうでもいい話です。関係があるのは20人程度の地権者だけです。
そんなことより、今回の事件、というか処理スキームにより、浜松市が融資してきた7億円以上の都市開発資金が焦げ付くことになります。つまり、一連の処理に伴って、浜松市民がその処理費用の一部を負担すると言うことになるわけです。このことのほうが、行政監視の視点からも、公共の福祉の視点からも、また多くの市民が関係すると言うことからも、最も重要な視点だと思っています。
さらに皮肉なことに、その責任を今の康友市長が負わなければなりません。康友市長はザザシティの開発を強行したわけでもなく、市民の税金7億円を投入したわけでもありません。むしろ、この5年間、どう処理するかに頭を悩ませ続けてきた事でしょう。市長である以上仕方がないにせよ、この点だけはどうも腑に落ちません。
もっと言うと・・・まあどうでもいい話かもしれませんが、私は康友市長が国会議員の時から応援しているので覚えているのですが・・・ザザシティがオープンした時に康友市長は国会議員でした。でも、ザザシティのオープンには招かれていません。もちろん他の議員は招かれています。野党だったからなのか、理由は知りませんが、オープン時に招かれてもいない施設が破綻して、結果として市民負担が7億も発生して、その責任を負わなければならない。もうこれは悲劇なのか喜劇なのかもわからないような、変な話です。
いずれにしても、この件については、しっかりとした検証が必要だと考えています。これはマスコミの皆さんにもお願いしたいと思います。いったいなんだったのかを市民に伝える必要があるからです。
問題の根本は、バブルの時に立てた再開発の計画を、バブル崩壊後も強行しようとした事です。もちろんやめるタイミングはたくさんあり、私も当時は浜松の市議会議員でしたので、折に触れて反対意見を表明していました。たとえば、ザザの6階と7階に入っているこども館。私の記憶が正しければ、5階のフロアと合わせて40億(くらい。資料が手元になく記憶を頼りに書いているので、違ってればお詫びしたいと思います)の金額で浜松市が買い取っています。ちなみに、地下1階から4階までの5フロアも、同じくらいの値段です。つまり、いかに高く市、つまり市民は買い取ることになったのか。これは理由ははっきりしていて、いわゆる「裏補助金」です。補助金は規定以上出せないのですが、それでは再開発は進まない。バブル崩壊で賃料は下がり、フロアも余る。そこで、余ったフロア、余るであろうフロアを市が高く買い取ることによって、事実上の補助金としているのです。一方市民の立場からすれば、無理な再開発をバブル崩壊後も続けようとしたために、多額の税金を一部の人たちのために使われたと言うことになります。
こども館は浜松の子どものために必要な施設だ、という人もいるし、確かにそうかもしれません。しかし40億の金があれば、保育園なら50くらいは作れるし、学校の教材を充実させたり、公園の遊具を充実させたり、同じお金でいろんな事が出来ます。どちらがいいかを聞けば、一目瞭然ですね。その選択肢を議論するのが政治のはずなのですが、私も反対意見を持ちながら止められなかった当時の力の無さを恥じていますし、市長選にも落選しましたし、大きな意味でも私にも責任の一端があると思っています。
また、ザザに追加資金を投入しようとして、市議会に否決されたこともありました。私も当時の再生スキームを見ましたが、追加資金を投入したところでザザシティの経営改善、赤字体質脱却につながらないような計画、さらにはザザ当事者の負担がないのに市民負担があると言うちぐはぐな計画でしたので、その旨の意見を申しあげました。いろんな議論の末に市議会は否決したのですが、このことで逆に組合は解散できなくなり、今に至っています。市の方も議会に否決されたことで思考停止に陥り、もっと良い案、当事者も応分の負担をする案を検討し、関係者への働き掛けや公開の場での議論を進めるべきでしたのに、市議会否決を機に無関係主義に進んでいったのです。
その後、新市長が誕生し、再生に向けてかなり頭を悩まされた事と思いますが、時すでに遅く、10年前に無理を承知で再開発を強行した時のミスを取り戻す事は既に出来なくなっていました。去年あたりから債務超過に陥ったと聞いていました。また、7億円の都市開発資金の返済開始が迫ってきました。去年から、「そろそろだな・・・」と思っていたのですが、いまだに処理がなされないので「よく持つな・・・」と思っていたところでした。ですから、報道を受けても驚く事はなく、「ああ、やっときたか」と思った次第です。
ただし、これからの処理の方が大変です。まだ今は「再生のためのスタートに立った」だけです。私も中小企業診断士の端くれですので大体わかりますが、どういう形で清算するにせよ、浜松市(つまり浜松市民)を含む債権者との調整も含めて、さまざまな困難が想定されます。しかも、長引かせるとどんどん資産価値がなくなってゆく。
廃墟と化した松菱のようなビルを、その横にもう一本作るわけにはいきません。再生を目指すと言う方向性が出た以上、私も微力ながら応援したいと思っています。
いずれにしても、どこかの時点で今回の事件の検証をしっかりしなければなりませんね。10年以上もさかのぼらなければなりませんが、逆に言うとそれだけの年月、私も含めて対応が出来なかった結果、10年かけて7億円の市民のお金をドブに捨てたと言う事です。市長一人の責任にするわけにはいかないと思っています。
報道関係の皆様にも、ぜひ市民に分かるように、よく取材して分析して、報道していただきたいと思っています。このような状況になった以上、できるだけ公開の場で議論して対応するのが道理だと思いますので。
2011年09月22日
9月議会開会(搭乗率保証)
昨日9月県議会が開会しました。
9月議会は一般的に、国の予算が成立して、それをうけて各省庁がどの県にどれだけの事業を出すか、決めてきます。それを県として受け止めて、静岡県の独自性も入れてどう使うかを決めるために開くものです。もちろんそれ以外に、今年度の事業を進めてみての中間補正(増額・減額含めて)もやりますので、結果として補正予算の中では一番大きい規模の予算を組むことになります。
今回は特に震災対策などもありましたが、この9月議会の最中に国では第3次補正の議論をしていますので、どうも段違い平行棒のような・・・これまでの2次補正までの方向性と、3次補正の議論の両方をにらみながら議論するという・・・やりにくさもありますね。
この議会の報道を見ると、各社は「搭乗率保証の和解」と「天竜川下りの事故を受けた改善」を多く報道しているように見受けられます。もちろん他にも争点があるので、そういうことはできるだけ浮き彫りにしたいと思っています。
搭乗率保証については、私は今回の和解案を見て、「なるほど!」と思ったのと同時に、「こういう議論や提案を、本来はもっと前に県議会がすべきであった・・・。」と反省しました。
今回の和解案の内容は、要は「JALが撤退を表明する前の搭乗率保証分は全額払え。一方でJALが撤退を表明した以降の搭乗率保証分は払う必要なし。」というものです。数字の大きい小さいはありますが、内容はそういう事でした。
この問題に対し、議会はどう対応したのかというと・・・。最初は石川知事が搭乗率保証を議案で出した時には、自民・民主を中心に県議会としては賛成を決議しました。私は、「JALの空席に対して県民の税金からカネを払うのはおかしい」と主張して反対したのですが、蟷螂の斧でした。
しかし県議会として議決をしたので、私の力不足も含めて私を含む全議員が連帯責任を負っていると思っています。
その後、川勝知事に代わり、川勝知事は「県民の血税である以上、このようなものを払うわけにはいかない。金額の多寡の問題ではなく、カネの性質の問題である」と公言し、支払いを拒否したのです。私はこれについては、「議会が議決しているので難しいだろうが、良く戦っておられる」と思っていました。
知事が代わり、知事が姿勢を変えると、県議会の自民や民主も姿勢を変えました。知事は払う気がなかったので、今年の予算には搭乗率保証の支払いの金額を載せなかったのですが、自民も民主も修正動議を出すことなく、知事の姿勢を了として予算に賛成したのです。
もちろん、こうした会派の変節を批判する声もありますが、私は議員が姿勢を変えるのは悪い事ではないと思っています。時期や状況が変わる、あるいは考え直すということだってあるわけですから、自民や民主の姿勢を批判する気はありません。ただし、「考えを変えた理由は説明するべきだし、議事運営を工夫して各会派の説明責任を果たせないか」、ということを議会運営委員会で提案しました。(結果としては特に工夫はなく、各会派の考え方で議会審議を行うと言うことになりました。)
そうした事を受けて、今回は知事が和解をしたいと提案してきたのです。知事はこれまでずっと拒否してきたわけですし、1年間も戦ってきたのです。和解受け入れの決断は、軽いものではないと思います。実際に知事と電話で話した時、相当思い悩んでおられました。「県民の税金ですからね・・・それを預かる立場として、1億5千万の支払いを易々と決めるわけにはいかない・・・。」とおっしゃっていました。
知事は悩みに悩んだ上に和解したいとして議会に提案してきたのですが、その内容は先ほど申し上げた通り、「JALが撤退を表明した日を境にして、それまでの分は全額払え。撤退表明後は払う必要なし。」というものでした。私はこれこそ、今年の3月議会で議論すべき内容だったと思って、反省しています。
今年の3月議会、つまり予算を決める議会では、こうした建設的な議論や、今回の係争の内容を分析して、理詰めでもって必要な予算、納得できる予算の計上を提案するような動きはありませんでした。今回の和解案を見て、「ああ、議会としての仕事が出来ていなかった。私も提案の動きを取ればよかった。」と思いました。
議会はあくまで知事と独立した、県民に代わって議論し、政策提案し、修正し、賛否を表明する機関です。決して知事や県当局にぶら下がる機関でもなければ、ただの野次馬のように、外野から好き勝手な事を言う機関でもありません。
そういう意味で、私も多くの事を気付かされた議案ですし、今議会では私の考え方の総括も含めてしっかりと説明責任を果たせるような審議を進めたいと思います。
県民にたいしても、知事や県庁職員に対しても説得力のある議論を展開するよう努力し勉強しますので、また皆様からのご意見を聞かせてください。
9月議会は一般的に、国の予算が成立して、それをうけて各省庁がどの県にどれだけの事業を出すか、決めてきます。それを県として受け止めて、静岡県の独自性も入れてどう使うかを決めるために開くものです。もちろんそれ以外に、今年度の事業を進めてみての中間補正(増額・減額含めて)もやりますので、結果として補正予算の中では一番大きい規模の予算を組むことになります。
今回は特に震災対策などもありましたが、この9月議会の最中に国では第3次補正の議論をしていますので、どうも段違い平行棒のような・・・これまでの2次補正までの方向性と、3次補正の議論の両方をにらみながら議論するという・・・やりにくさもありますね。
この議会の報道を見ると、各社は「搭乗率保証の和解」と「天竜川下りの事故を受けた改善」を多く報道しているように見受けられます。もちろん他にも争点があるので、そういうことはできるだけ浮き彫りにしたいと思っています。
搭乗率保証については、私は今回の和解案を見て、「なるほど!」と思ったのと同時に、「こういう議論や提案を、本来はもっと前に県議会がすべきであった・・・。」と反省しました。
今回の和解案の内容は、要は「JALが撤退を表明する前の搭乗率保証分は全額払え。一方でJALが撤退を表明した以降の搭乗率保証分は払う必要なし。」というものです。数字の大きい小さいはありますが、内容はそういう事でした。
この問題に対し、議会はどう対応したのかというと・・・。最初は石川知事が搭乗率保証を議案で出した時には、自民・民主を中心に県議会としては賛成を決議しました。私は、「JALの空席に対して県民の税金からカネを払うのはおかしい」と主張して反対したのですが、蟷螂の斧でした。
しかし県議会として議決をしたので、私の力不足も含めて私を含む全議員が連帯責任を負っていると思っています。
その後、川勝知事に代わり、川勝知事は「県民の血税である以上、このようなものを払うわけにはいかない。金額の多寡の問題ではなく、カネの性質の問題である」と公言し、支払いを拒否したのです。私はこれについては、「議会が議決しているので難しいだろうが、良く戦っておられる」と思っていました。
知事が代わり、知事が姿勢を変えると、県議会の自民や民主も姿勢を変えました。知事は払う気がなかったので、今年の予算には搭乗率保証の支払いの金額を載せなかったのですが、自民も民主も修正動議を出すことなく、知事の姿勢を了として予算に賛成したのです。
もちろん、こうした会派の変節を批判する声もありますが、私は議員が姿勢を変えるのは悪い事ではないと思っています。時期や状況が変わる、あるいは考え直すということだってあるわけですから、自民や民主の姿勢を批判する気はありません。ただし、「考えを変えた理由は説明するべきだし、議事運営を工夫して各会派の説明責任を果たせないか」、ということを議会運営委員会で提案しました。(結果としては特に工夫はなく、各会派の考え方で議会審議を行うと言うことになりました。)
そうした事を受けて、今回は知事が和解をしたいと提案してきたのです。知事はこれまでずっと拒否してきたわけですし、1年間も戦ってきたのです。和解受け入れの決断は、軽いものではないと思います。実際に知事と電話で話した時、相当思い悩んでおられました。「県民の税金ですからね・・・それを預かる立場として、1億5千万の支払いを易々と決めるわけにはいかない・・・。」とおっしゃっていました。
知事は悩みに悩んだ上に和解したいとして議会に提案してきたのですが、その内容は先ほど申し上げた通り、「JALが撤退を表明した日を境にして、それまでの分は全額払え。撤退表明後は払う必要なし。」というものでした。私はこれこそ、今年の3月議会で議論すべき内容だったと思って、反省しています。
今年の3月議会、つまり予算を決める議会では、こうした建設的な議論や、今回の係争の内容を分析して、理詰めでもって必要な予算、納得できる予算の計上を提案するような動きはありませんでした。今回の和解案を見て、「ああ、議会としての仕事が出来ていなかった。私も提案の動きを取ればよかった。」と思いました。
議会はあくまで知事と独立した、県民に代わって議論し、政策提案し、修正し、賛否を表明する機関です。決して知事や県当局にぶら下がる機関でもなければ、ただの野次馬のように、外野から好き勝手な事を言う機関でもありません。
そういう意味で、私も多くの事を気付かされた議案ですし、今議会では私の考え方の総括も含めてしっかりと説明責任を果たせるような審議を進めたいと思います。
県民にたいしても、知事や県庁職員に対しても説得力のある議論を展開するよう努力し勉強しますので、また皆様からのご意見を聞かせてください。
2011年09月17日
新結合とエコ

今日はいろいろ政策関係の相談や提案をいただきながら、市内を走り回っておりました。
そのなかで、驚いたり、気づかされたりしたのが、この洞穴。
これはJRがまだ国鉄だった時代に、国鉄佐久間線という、天竜二俣から飯田線の中部天竜まで結ぼうと建設がすすめられた路線の一部です。
昭和55年までは建設がすすめられたのですが、あいにく途中で断念。ここは、途中まで掘りかけたトンネルの一部です。ですから、1キロ先は行き止まりとのこと。
そこが今は市の資産になっているのですが、今は知恵のある方が市から借りて、ワインセラーとして活用されています。中に入れてもらうと・・・ひんやりしています。夏でもだいたい15度くらいとのこと。トンネルの向こう側が抜けてないと言うのが良いらしく、年中同じ温度が保たれているので、ワインの保管には最高の場所だそうです。
ワインは詳しい方から伺うと、特に高いものほど保管が重要になるそうです。中でも、温度と振動だとか。そういう点では、雰囲気も含めて最高の保管場所ですね。
浜松は、物流の可能性が非常に高い地域です。企業が日本に物流センターを置くにあたって、1か所とした場合、一日で届けられる世帯数が最も多くなるのが浜松周辺だそうです。2か所だと別の地域になり、3か所であればまた浜松は有利になるとのことです。
そうしたなか、来年には新東名が開通します。すると、この洞窟というかトンネルの跡地も、ひょっとするとワインの物流拠点になりうると思います。なにせ長さが1キロ。薄暗くてひんやりした洞窟です。幅の狭いレールを敷いて、トロッコを使って奥の方まで効率的に管理すれば、最高の雰囲気になりそうですね。
これらは、廃線のトンネルを高級ワインの冷蔵保管に使うと言う、新しい結合によって生まれた知恵です。いつの時代も、この「新結合」こそ、新しい発明の生み出す原動力となります。
さらに、電気を何も使わないのに冷蔵保管できる。計画停電も節電協力も関係ありません。また、良いワインにひとつの物語を付け加えてくれます。
こうした新結合から生まれる付加価値や、発想の転換から生まれるエコは、私たちのまわりの至る所に転がっていると思いました。新しい気付きをいただきました。
これからも、ただ街を歩くのにも、車で移動するのにも、そういう目でいろんなものを見てゆきたいと思います。ボーっと見ていても、新結合はひらめきませんので。
政策も、同じだと思います。常に問題意識、課題意識を持って、いろんな角度から眺め直してみて・・・新結合による新しい政策を創り出したいと思います。

