2012年05月07日
滋賀1区の自民党支部長に就任
今日付けで、衆議院滋賀1区の自民党支部長に就任しました。これは、国会で解散があれば、自民党公認候補として衆議院選挙に出馬することになります。
滋賀県は私の生まれ故郷であり、近く現職である静岡県議会議員を辞職して、滋賀県での活動を開始したいと思っています。もちろん、「立つ鳥あとを濁さず」という言葉がある通り、継続中の仕事にしっかりとめどをつけてゆきたいと思っています。
多くの方々、とりわけ私の県議会議員選挙や県議としての仕事を応援してくださった方からは、「なぜ途中で県議をやめるのか?またなぜ静岡県ではなく滋賀県から出るのか?」という疑問をお持ちだと思います。
まず、静岡県の皆様、そして27歳で政治活動を始めてから今までずっと応援してくださった方々のおかげで、今回のチャンスが回ってきたことに本当に感謝しています。これまで市議および県議として仕事をしてきたことが高く評価され、国政関係者からも多くの期待を頂きました。これはひとえに、どんな風が吹こうとも、各党の人気が上下しようとも、無所属・大岡党で選挙に勝てる体制をつくりあげてくださった、支援者の皆様のおかげです。ある自民党幹部は、「最近公募をやっても、党や団体に依存する候補者ばかりだ。君のように、無所属で政党の間を割って出てくるような野性味のある若者がいなくなった。もともと自民党は、そういう野性味のある政治家の集団だった。どんどん前に出て頑張ってほしい。君の活動を党本部はしっかり応援する。」といってくださいました。こうした高い評価をいただけるのも、静岡県、浜松市の皆様の応援があったからこそと、本当に感謝しています。この感謝をしっかりと胸に刻んで、今後の活動をしてゆきたいと思います。
また、滋賀から出ることについては、私の故郷だからです。実は3年前の衆議院選挙の時から、関係者から滋賀に帰って衆院選に出てもらいたいという要請を頂いておりました。残念ながら、前回は公募で落選し、それは実現しませんでした。そうしたことがあったうえで、今回滋賀1区の公募があり、これまでお世話になってきた滋賀あるいは国政関係者に相談して、また家族にも相談して、最後は自分で公募に手を上げる決断をしました。その最大の理由は、「いま、国が危機を迎えている。これを見て見ぬふりをするか、行動するか、おまえはどちらだ。」と自問自答した事です。
滋賀の皆様にとっては、私は生まれは滋賀とは言え、これまで静岡で政治経験を積んできた外部者です。またこれまで、民主党ではないにせよ、無所属で活動してきた、いわば自民党の外で政治経験を積んできた、これまた外部者です。
そういう私であっても、むしろ一部の方からは「外の道場で武者修行をしてきた」ことを評価していただいて、支部長に選んでいただいたことに、本当にありがたく思っています。ある方は「もともと自民党の強さは、開かれていること。外の人材もどんどん取り込んで、国民政党になった。自民党本来の強さを取り戻すんだ。」と言っていただきました。
「国難襲来す。」これは、幕末の水戸の政治家、藤田東湖が、長州の吉田松陰にあてた手紙の書き出しです。
このあとは「国家の大事といえども、深慮するに足らず。 深慮すべきは、人心の正気の足らざるにあり」と続きます。つまり、国民が闘志や希望、熱意や辛抱を失うことこそ最大の危機だと言っています。これは翻って、政治家である私たち、とりわけ若い世代の政治家に「お前は行動できるのか。その気迫があるのか」と迫っているのです。
この国難にあたって、捨て身で行動できないようでは、若いうちから政治の舞台に上げていただいた値打ちがない、私はそう考えました。たしかに浜松の皆さんと別れるのはつらいです。どんな風が吹こうと当選させていただける支援者から離れるのは、不安です。私のような若者に期待をかけてくださった皆様なら、きっと送りだしてくれる。それが、これまで応援してくださった皆様の期待に報いることだ、と考え、不安を振り切って、全くゼロから始めるべくフロンティアにチャレンジする決断をしました。
覚悟を決めたのは、私だけではありません。私の家族も同様です。妻は浜松出身で、滋賀には知り合いはいません。また関西弁もしゃべれません。そんな中で、一から後援会活動をしなければなりません。13年前と同じように、またこつこつと訪問活動をしなければなりません。子どもたちも同様です。上の子は小学校6年生で、卒業目前に転校することになりました。おそらくこれまで5年間付き合った友達と修学旅行に行きたかった事でしょう。同じ卒業アルバムに写りたかった事でしょう。真ん中の小2の子も、一番下の幼稚園の年長さんの子も、おなじです。子どもたちに負担をかけることは心が痛みますが、その分頑張らなければならないと思っています。
これまでの支援者のご厚情や、新天地である滋賀の皆様の期待、家族の覚悟に報いる唯一の方法は、なんとしても勝って、国政の立て直しに人生をかけることです。捨て身で日本の政治を立て直す姿勢を見せられれば、国民の皆様の政治に対する信頼を取り戻せると信じています。もう一度、ゼロから、皆様一人一人の信頼を勝ち取る努力を重ねたいと思っています。
相手は民主党の大物、当選8回の川端総務大臣です。東レの労働組合がしっかりと支える、いわば労働界のプリンスです。まさに巨人と子どもの戦いのように見えますが、捨て身でぶつかれば勝ち目はあると思っています。私の恩師であるスズキの鈴木修会長は、自身のブログの中で私たち若者にこのようなメッセージを投げかけています。
「最後に若い皆さんに一言。あなた方は本当に大変な時代を生きていかなければなりません。しかし、どんな苦難に直面しても互いに切磋琢磨しながら、大きな相手と闘いなさい。負けることを恐れてはなりません。結果が出なくてもあきらめず、何度でも立ち上がる。競争と闘いの先にだけ、未来は拓けるのです。あなた方には無限の可能性があるのですから、胸を張って、一歩ずつ前へ進めばいい。暗い闇夜を切り開く開拓者になりなさい。あなた方はその運命を背負って生まれてきたのです。」
この国難、日本の危機、多くの国民が不安と心配を感じている闇夜を、まっすぐに切り開けるような政治家として成長したいと思います。
滋賀県は私の生まれ故郷であり、近く現職である静岡県議会議員を辞職して、滋賀県での活動を開始したいと思っています。もちろん、「立つ鳥あとを濁さず」という言葉がある通り、継続中の仕事にしっかりとめどをつけてゆきたいと思っています。
多くの方々、とりわけ私の県議会議員選挙や県議としての仕事を応援してくださった方からは、「なぜ途中で県議をやめるのか?またなぜ静岡県ではなく滋賀県から出るのか?」という疑問をお持ちだと思います。
まず、静岡県の皆様、そして27歳で政治活動を始めてから今までずっと応援してくださった方々のおかげで、今回のチャンスが回ってきたことに本当に感謝しています。これまで市議および県議として仕事をしてきたことが高く評価され、国政関係者からも多くの期待を頂きました。これはひとえに、どんな風が吹こうとも、各党の人気が上下しようとも、無所属・大岡党で選挙に勝てる体制をつくりあげてくださった、支援者の皆様のおかげです。ある自民党幹部は、「最近公募をやっても、党や団体に依存する候補者ばかりだ。君のように、無所属で政党の間を割って出てくるような野性味のある若者がいなくなった。もともと自民党は、そういう野性味のある政治家の集団だった。どんどん前に出て頑張ってほしい。君の活動を党本部はしっかり応援する。」といってくださいました。こうした高い評価をいただけるのも、静岡県、浜松市の皆様の応援があったからこそと、本当に感謝しています。この感謝をしっかりと胸に刻んで、今後の活動をしてゆきたいと思います。
また、滋賀から出ることについては、私の故郷だからです。実は3年前の衆議院選挙の時から、関係者から滋賀に帰って衆院選に出てもらいたいという要請を頂いておりました。残念ながら、前回は公募で落選し、それは実現しませんでした。そうしたことがあったうえで、今回滋賀1区の公募があり、これまでお世話になってきた滋賀あるいは国政関係者に相談して、また家族にも相談して、最後は自分で公募に手を上げる決断をしました。その最大の理由は、「いま、国が危機を迎えている。これを見て見ぬふりをするか、行動するか、おまえはどちらだ。」と自問自答した事です。
滋賀の皆様にとっては、私は生まれは滋賀とは言え、これまで静岡で政治経験を積んできた外部者です。またこれまで、民主党ではないにせよ、無所属で活動してきた、いわば自民党の外で政治経験を積んできた、これまた外部者です。
そういう私であっても、むしろ一部の方からは「外の道場で武者修行をしてきた」ことを評価していただいて、支部長に選んでいただいたことに、本当にありがたく思っています。ある方は「もともと自民党の強さは、開かれていること。外の人材もどんどん取り込んで、国民政党になった。自民党本来の強さを取り戻すんだ。」と言っていただきました。
「国難襲来す。」これは、幕末の水戸の政治家、藤田東湖が、長州の吉田松陰にあてた手紙の書き出しです。
このあとは「国家の大事といえども、深慮するに足らず。 深慮すべきは、人心の正気の足らざるにあり」と続きます。つまり、国民が闘志や希望、熱意や辛抱を失うことこそ最大の危機だと言っています。これは翻って、政治家である私たち、とりわけ若い世代の政治家に「お前は行動できるのか。その気迫があるのか」と迫っているのです。
この国難にあたって、捨て身で行動できないようでは、若いうちから政治の舞台に上げていただいた値打ちがない、私はそう考えました。たしかに浜松の皆さんと別れるのはつらいです。どんな風が吹こうと当選させていただける支援者から離れるのは、不安です。私のような若者に期待をかけてくださった皆様なら、きっと送りだしてくれる。それが、これまで応援してくださった皆様の期待に報いることだ、と考え、不安を振り切って、全くゼロから始めるべくフロンティアにチャレンジする決断をしました。
覚悟を決めたのは、私だけではありません。私の家族も同様です。妻は浜松出身で、滋賀には知り合いはいません。また関西弁もしゃべれません。そんな中で、一から後援会活動をしなければなりません。13年前と同じように、またこつこつと訪問活動をしなければなりません。子どもたちも同様です。上の子は小学校6年生で、卒業目前に転校することになりました。おそらくこれまで5年間付き合った友達と修学旅行に行きたかった事でしょう。同じ卒業アルバムに写りたかった事でしょう。真ん中の小2の子も、一番下の幼稚園の年長さんの子も、おなじです。子どもたちに負担をかけることは心が痛みますが、その分頑張らなければならないと思っています。
これまでの支援者のご厚情や、新天地である滋賀の皆様の期待、家族の覚悟に報いる唯一の方法は、なんとしても勝って、国政の立て直しに人生をかけることです。捨て身で日本の政治を立て直す姿勢を見せられれば、国民の皆様の政治に対する信頼を取り戻せると信じています。もう一度、ゼロから、皆様一人一人の信頼を勝ち取る努力を重ねたいと思っています。
相手は民主党の大物、当選8回の川端総務大臣です。東レの労働組合がしっかりと支える、いわば労働界のプリンスです。まさに巨人と子どもの戦いのように見えますが、捨て身でぶつかれば勝ち目はあると思っています。私の恩師であるスズキの鈴木修会長は、自身のブログの中で私たち若者にこのようなメッセージを投げかけています。
「最後に若い皆さんに一言。あなた方は本当に大変な時代を生きていかなければなりません。しかし、どんな苦難に直面しても互いに切磋琢磨しながら、大きな相手と闘いなさい。負けることを恐れてはなりません。結果が出なくてもあきらめず、何度でも立ち上がる。競争と闘いの先にだけ、未来は拓けるのです。あなた方には無限の可能性があるのですから、胸を張って、一歩ずつ前へ進めばいい。暗い闇夜を切り開く開拓者になりなさい。あなた方はその運命を背負って生まれてきたのです。」
この国難、日本の危機、多くの国民が不安と心配を感じている闇夜を、まっすぐに切り開けるような政治家として成長したいと思います。
2012年05月06日
まつりのあと

浜松まつりが終わりました。4日、5日とよく晴れたので、思う存分凧あげが出来たと思います。
写真は、うちの親戚の凧揚げです。本当に気持ち良く揚がりました。
私も5日には、2年ぶりに合戦に混ぜていただき、楽しませていただきました。
高校時代にラグビーをやっていた関係で、あの手の混戦は得意で・・・まあそれにしても、結構ラフプレーをやってますね。みんな興奮してきて、つい、というかわざと、相手町のメンバーを傷つけるようなことをやってしまうのだと思います。私は気づいたらその都度当人を注意して、ラフプレーをやめるように言いました。みんな、私よりも若いせいか、注意されるとはっと我に返って、やめてくれました。
この手の事は慣れもあって・・・ラグビーでも、最初は過度に興奮するので、ラフプレーが出てしまうものでした。それがだんだん慣れて来て、余裕が出てくると、紳士的な態度が取れるようになります。凧あげの合戦も同じで、経験者で余裕のある人はラフプレーをしませんね。余裕がなくなっている人がやるのでしょう。浜松まつりでも、経験豊かな方々が指導することで、若い人たちに少しずつでもスポーツマンシップが浸透してくれるといいと思います。
ところで、政治的には、「静岡県暴力団排除条例」が施行されて初めて迎える浜松まつりとなりました。この条例は県議会を全会一致で通した重要な条例です。まつりに暴力団はつきもの・・・などと、言うわけにはいきません。この条例を通したことで、悪質な暴力団の摘発がしやすくなったはずです。今回の浜松まつりで、条例を活かして県警がどういう仕事をしたのか、5月議会がありますので、その前後での報告を待ちたいと思います。
まつりのあとの今日は・・・すごく町が静かでした。まさに「まつりのあと」です。
私は今朝から仕事が入っていたのでクルマで市内を走りましたが、道路はめちゃくちゃすいていて、町を歩く人もまるでなく・・・本当にまちが放心したような感じでした。
まつりが大成功に終わった人も、まつりで失敗した人もいると思います。
また、連休中には悲惨な事故が多数ありました。まつりのあとで「あとのまつり」と後悔しないように、ハメを外しすぎることなく、油断しすぎることなく、常にどこかに自制する気持ちを持たなければなりませんね。
明日から通常勤務が始まります。明日から襲ってくるのは・・・皆さんご存じの「五月病」です。
私もそんな病気になっている暇はないので、気を引き締めて、脇を引き締めて、職務にあたりたいと思います。
明日は滋賀県でひと仕事してきます。
2012年05月03日
浜松まつり開幕

今日から浜松まつりが開幕です。午前中はあいにくの雨でしたが、午後にはすっかり晴れて、明日からの凧揚げ合戦が楽しみです。
昨年は震災の関係で中止・延期になっていました。今期からは、運営体制も一新してスタートしますので、新たな気持ちでお祭りを創り上げていっていただきたいと思っています。
私も・・・後日しっかりと記事に書こうと思っていますが、浜松を地元としてのお祭り参加は今年が最後となります。いま少しずつ、継続中の仕事の処理と合わせて仕事の整理、引っ越しの準備やら子どもの転校の準備を始めていますが・・・なかなか時間がかかります。あせらずじっくりと進めてゆきたいと思っています。
今年は、私の妹夫婦の初子のお祝いもあります。明日は凧あげがあるので、朝から会場に向かう予定です。
昨日までめちゃくちゃ忙しかったので、今日はゆっくりお祭りを楽しませていただきました。
明日と明後日の二日間も、子どもたちを連れて、じっくりと浜松のお祭りを楽しみたいと思っています。
何と言っても、浜松まつりの良さは、「子どもたちのためのお祭り」であることだと思っていますので。
2012年04月14日
新東名開通!

今日は新東名の静岡県区間、160キロが一気に開通しました。
これは東海地震の確率が、先日の政府の発表で今後30年で88%と発表された中・・・県民の命を守る意味で、本当に喜ばしいことと思っています。
写真は・・・一般公開前に完成ほやほやの道路をバスで走らせていただきました。
工事の最中から時折視察には伺っていましたが、ようやく完成したと本当に喜ばしく思います。
コンクリートから人へ、という意味不明のフレーズが出回っていましたが、昨年の東日本大震災で気づいた事は、コンクリートをうまく使うことで人の命も社会も守らなければならないということです。コンクリートも鉄もプラスチックも、人の社会を形成するための道具であって、そもそもコンクリートか人かなどという二者択一を想定させるような言い方がおかしいんですね。
それはさておき、道路は、特に震災直後の避難から救助、そして復興支援を行う上で、必要不可欠のうインフラです。海岸沿いを通っていた旧東名だけでは静岡の防災体制は不安でしたが、この道路が出来たことで、一気に払しょくできると確信しています。
一方で、次のステップも確実に進めてゆかなければなりません。例えば、サービスエリアと直結した病院あるいは救命救急施設の整備です。これは、救急車の運行に高速道路を積極的に活用できると言うことで、これが実現すれば県内各地から最寄りの病院までの時間距離は一気に縮まります。特に、中山間地域には病院がなく、ドクターヘリ2機だけではカバーしきれませんでした。それが、内陸部を走る新東名を利用して救急患者を運べるとなると・・・震災の時だけでなく、日常的にも「命の道」として活用することができます。
今日の開通式は富士市で行われたのですが、開通式のあとバスで新東名を走り、祝賀会でネクスコ関係者と懇談やら政策要望をこなして、それから一般開放に合わせて自分の車で新東名を走りました。自分で運転しては知りたかったので、朝早く起きて富士まで自分の車で行っていたのです。
走ってみると、本当に走りやすい。トンネルなどにも走りやすくするための工夫があるようです。また、道路側面の壁も透明なパネルで・・・景色も見やすいので、飽きずに走れます。
私たちは県として、この新しい技術満載の高速道路の開通に合わせて、最高速度を140キロにできないかと国に要望を出しています。もちろんすぐにそうなるとは思っていませんが、まずは120キロくらいで運用して、しばらく経過を確認して将来的には140キロにしてはどうかと思っているのです。
今日実際に走ってみて、100キロで走っていても体感的には80キロくらいと感じるほど、安全かつ快適に走れる道です。ちなみに私の車は軽自動車ですが、軽でもそう感じるので、普通車ならもっと快適な事でしょう。そういう点から、最高速度120キロは現実的だと感じました。これを実現するには広く国民的な議論が必要ですが、ぜひ取り組みたいと思っています。
それと、今日はサービスエリアに各駅停車しようと思っていました。しかし実際には・・・サービスエリアに入るクルマが大渋滞で、特に静岡SAは2キロ手前から渋滞でした。ということで、時間の都合で清水と静岡にしか立ち寄れませんでした。
二つのSAを見てまず感じた事は、とにかく広い!内陸部に道路を作るメリットの一つが、地価が安い事ですが、そのメリットを存分に生かした広いサービスエリアです。これなら・・・先ほど申し上げた医療をはじめ、地域行政との連携も十分できそうです。今後利用者のニーズを見ながら、ネクスコさんと積極的な議論をしたいと思っています。
今日は一日、この新東名関連の動きでしたが、実際に走ってみることで、さらにイメージがわいてきました。これからも静岡県の重要な発展軸として、新東名高速を活用できるよう、いろいろな視点から政策提言をしてゆきたいと思います。
2012年03月22日
静岡の物流政策

今日は、ふじのくにロジスティックスシンポジウムがありました。
これは、来年度から輸送・物流産業を静岡県の企業誘致の対象とすることに伴い、多くの県民や県内企業の皆様にお知らせをし、議論をしてもらおうと開催したものです。
これまで、静岡県の企業誘致は製造業のみを対象としたものでした。私は製造業出身であることからも、県内産業が製造業のみに頼る事のリスクを感じていたので、3年前から「製造業以外のジャンルも企業誘致の対象とすべき。まずは地の利を生かして輸送・物流産業を。」と政策提言し続けており、ようやく実を結んだ政策といえます。
その点で、達成感や充実感はあるし、県当局も良くやってくれたと思っています。ただ、これで終わりにしてはならないと思っています。静岡県の企業誘致の政策には、他にも多くの課題があるのです。
たとえば、企業が資産を持たない経営に変化しつつあること。今の静岡県の企業誘致の制度では、所有者と使用者が異なる場合、補助が出来ない仕組みになっています。製造業が中心の時代、あるいは企業は資産を持つのが当たり前の時代から、今は変化してきています。特に物流の業界は変化が速い。そういうことに対応できるよう、制度の細部を見直してゆきたいと思います。
それから、製造業を含めて、中国やアジアの台頭が著しいことから、国内企業を付加価値の高いものに集約し、高度化して作り直して、生き残りを図ることが今後は増えるでしょう。こうした、新規事業所をつくるものの、それが縮小均衡の場合は補助の対象になりません。いまだに右肩上がりの幻想を持っていて、拡大して従業員が増えることが前提条件になっているのです。
私は製造業に携わっていた経験があり、その後も会社や関連企業と付き合い情報収集をしているので、よけいに製造業の難しさを肌で感じています。どの会社も、どの社長さんも、必死になって生き残りをかけて仕事をしています。その姿勢を見ると、政治や行政が涼しい場所できれいごとを言っていることに、罪悪感を感じるほどです。
これからは、静岡の産業を絶やさず残すためにも、また高付加価値化を進めるためにも、現実を直視した政策が求められています。分かっている人はいるのですが、キレイ事だけを述べ合う議論になったり、現実離れした、正論に見える机上の空論を持ちだされると肩身が狭いため、なかなか政策修正が進まないのが現状です。
しかし、静岡の産業の未来を見通すと、そうは言っていられないので、これからも冷静に、現実に即して議論を重ねて、地域の産業を残し、発展させる戦略を組み立ててまいります。
政府は増税の話ばかりで、何の景気対策も打っていません。苦しい状況ですが、文句を言えば倒産を免れるわけではないので、地元企業と一緒になって生き残りのための政策を進めてゆきたいと思います。また皆様からのご支援をよろしくお願いします。
2012年03月17日
結局、副知事議案は否決
昨日の2月議会本会議最終日、結局は副知事選任議案は否決されてしまいました。
当日の議事進行も変更に次ぐ変更で・・・こんなに何度も議運が開かれるのは、あまりありませんね。
会議時間も延長して・・・私も討論に立ったのですが・・・結局は自民改革会議の姿勢は変わらず否決でした。
何ともむなしいと言うか、力が抜けた議会でした。私たちは何とか可決してもらおうと頑張ったのですが、力が足りませんでした。これは、本当に反省しなければなりません。
何と言っても、人事でもめたと言うのが一番問題です。県庁で働く6000人の職員の中にも動揺が広がった事でしょう。こうしたことが積み重なると、知事をはじめとする県庁トップや、議会に対する信頼感や求心力が低下します。トップや議会のやる気や情熱があれば、県職員は寝食を忘れて働いてくれます。しかし逆だと、6000人全体のやる気が低下してしまうのです。
この混乱を早期に収拾しなければならないと言う思いは、私たち川勝知事を支える立場の議員も、自民改革会議の皆様も同じです。この否決を機に、しっかりとなりを直して、前向きな議論が出来る環境整備に力を注ぎたいと思っています。
そうしたなか、早速知事側も動いてくれまして、3月中に臨時議会を開催する運びとなりそうです。おそらく30日になると思われます。そうすると、23日に議会運営委員会となりますので、それまでにしっかりと対話を重ね、信頼関係を再構築する必要があります。仕切り直すための時間はそう長くありません。祝日も入るので、実際の稼働日は3日間となります。
いずれにしても、4月からの来年度に悪い影響を引きずらないようにするため、3月のうちにしっかりと処理しておかなければなりません。
「話せばわかる」は、私がいつも肝に銘じている言葉の一つです。自民改革会議の議員さんたちも、望んでやっているわけではありませんし、浮かれたり嫌がらせでやっているわけではありません。私も限られた時間の中で、一人でも多くの自民改革会議の議員さんと対話をし、理解と協力をお願いしてゆこうと思っています。
当日の議事進行も変更に次ぐ変更で・・・こんなに何度も議運が開かれるのは、あまりありませんね。
会議時間も延長して・・・私も討論に立ったのですが・・・結局は自民改革会議の姿勢は変わらず否決でした。
何ともむなしいと言うか、力が抜けた議会でした。私たちは何とか可決してもらおうと頑張ったのですが、力が足りませんでした。これは、本当に反省しなければなりません。
何と言っても、人事でもめたと言うのが一番問題です。県庁で働く6000人の職員の中にも動揺が広がった事でしょう。こうしたことが積み重なると、知事をはじめとする県庁トップや、議会に対する信頼感や求心力が低下します。トップや議会のやる気や情熱があれば、県職員は寝食を忘れて働いてくれます。しかし逆だと、6000人全体のやる気が低下してしまうのです。
この混乱を早期に収拾しなければならないと言う思いは、私たち川勝知事を支える立場の議員も、自民改革会議の皆様も同じです。この否決を機に、しっかりとなりを直して、前向きな議論が出来る環境整備に力を注ぎたいと思っています。
そうしたなか、早速知事側も動いてくれまして、3月中に臨時議会を開催する運びとなりそうです。おそらく30日になると思われます。そうすると、23日に議会運営委員会となりますので、それまでにしっかりと対話を重ね、信頼関係を再構築する必要があります。仕切り直すための時間はそう長くありません。祝日も入るので、実際の稼働日は3日間となります。
いずれにしても、4月からの来年度に悪い影響を引きずらないようにするため、3月のうちにしっかりと処理しておかなければなりません。
「話せばわかる」は、私がいつも肝に銘じている言葉の一つです。自民改革会議の議員さんたちも、望んでやっているわけではありませんし、浮かれたり嫌がらせでやっているわけではありません。私も限られた時間の中で、一人でも多くの自民改革会議の議員さんと対話をし、理解と協力をお願いしてゆこうと思っています。
2012年03月15日
岩瀬副知事が辞任

今日は午前中に、議会運営委員会で本会議最終日の進め方を決めていたのですが・・・午後になって岩瀬副知事が辞任するとの連絡が入りました。
「はあ?そんなのダメだ!絶対に止めないと!」と思い、形相を変えて知事公室に飛び込んだのですが、職員に制止されてしまいました。そこで返す刀で副知事室に乗り込んで、岩瀬副知事をつかまえて、辞任を取り消すように説得したのですが・・・残念ながら、私の力では止められませんでした。
いきなりこの部分を読んだらわけがわからないと思いますので、今議会における副知事人事の審議の流れを簡単に説明すると・・・
1.知事はかねてから、地震・津波・原発対策や新東名周辺開発など県政の重要課題が山積しているので、副知事は3人にしたいと言っていた。ちなみに条例上は定数は3人。
2.しかし、自民党系の会派、自民改革会議は、行革を進める観点から、3人にすると費用が3000万円も余計にかかること、さらに昨年末に大村副知事を国に帰した際に「一人でもやれる」と知事が発言したことから、いきなり3人は認められない。2人なら認めると牽制していた。
3.そこに知事が、「根回しや取引はしない」として、自民改革会議との事前協議もなく2人目、3人目の副知事案を提案。自民改革会議は反発。
4.委員会審議の結果、所管委員会では自民改革会議が過半数割れしているので、民主系・公明党・無所属の賛成多数で可決。
5.本会議では自民改革会議が過半数を占めているため、否決される見通し。その際自民改革会議は、「2人の副知事に優劣はつけられない。否決されるのを分かっていながらあえて提案した知事への再考を促す意味で、2人とも否決する。出直すべきだ。」としていたので、2人とも否決されることが見込まれていた。
6.本会議最終日、つまり採決の日を翌日に控えた今日、突然現職の岩瀬副知事が辞任。副知事が空席になったので、自民改革会議は2人までなら認めると言っているので、副知事人事案が可決される環境が整ったことになった。
というわけです。
私は岩瀬副知事にあって、
「チーム川勝として議案を出したのだから、このまま一丸となって進むしかない。土壇場になって協議を求めてもダメだ。協議の申し出は、採決を見てから打つのが筋だ。途中でやめたり、これまでの主張を変更したら、いままで必死で支えてきた民主や公明、無所属の議員たちははしごを外されることになる。それまでは苦しいだろうが、辞任してはダメだ。」
と言ったのですが、
「先生、これまでずっと引き止めてくれたのはありがたいが、私の後輩が目の前で否決されるのを見てられない。3月や4月に臨時会を開いても、このままでは事態を打開できない。私が辞めるしかない。」
と返されたので、
「いや、後輩の立場にもなってもらいたい。岩瀬さんが腹を切った後の椅子に、大須賀さんが座れるわけがないだろう。県庁の組織を壊しちゃいけない。表に出ていないが、自民改革会議の幹部だって、妥協案を探ろうとしてくれているんだ。もう少しの我慢だ。5月までにはきっと打開できる。」
と言ったのですが、
「二人の後輩は、そんなにやわじゃないですよ。県庁の組織はしっかりしています。私の事を思うなら、先輩面させてください。議案を通してもらうことが、今の私にとっては一番ありがたいことなんです。知事はよく私を2年も使ってくれました。与えられた立場でできることを、全うさせてください。」
と言われました。私もそれ以上は言葉を継げず、説得を断念しました。
聞くところによると、自民改革会議の幹部も、「岩瀬の思いはよくわかった。そこまで決意しての行動なら、犬死にさせるわけにはいかない。」という武士の情けで、辞任を受け入れ、議案に賛成すると伺っています。
それにしても・・・予想していた中で最悪の結果です。わたしはかねてから、人事を政局にしてはならないと言い続けてきました。かつて国会においても、サブプライムローンの問題が拡大している中、当時野党であった民主党が日銀の総裁人事を政局に絡めて空転させ、日本の経済に大きなダメージを与えたことがありました。これは、民主党出身の故・西岡参議院議長が、やってはならないことだったと深く反省しておられました。
同じことが静岡県議会でもおこったのです。結果として、岩瀬副知事を辞任させると言う、知事も、どの議員も求めていないような結論に行きつくことになりました。結果として、根回しも取引もしないと言っていた知事は、副知事の首を取引に出したと言うことになってしまいました。失敗も犯罪も犯していない部下の首を差し出すと言うのは、組織の運営上、絶対にやってはならないことです。
なぜこんなことになってしまったのか・・・知事の無策を責めようと思った瞬間もあるのですが・・・私も知事を支える立場の議員として無力であった、働きが不十分であったと言わざるを得ません。おそらく知事も孤独だったのでしょう。勢いよく進んではみたものの、打開策が見えず、支援する立場の議員の動きも見えず、疲れもたまっているところに岩瀬副知事が辞任したいと言ってきて・・・とっさに止められなかったのかもしれません。
ですから原因は・・・と言われれば・・・これは、経済学のゲーム理論でいう「非協力ゲーム」を進めてしまった事としか言えません。非協力ゲームは、「囚人のジレンマ」といえばピンと来ると思いますが、お互いが非協力状態のままゲームというか、やり取りを進めると、結果としてお互いが望んでいない結果で均衡してしまうと言うことです。この均衡状態をナッシュ均衡と言います。
知事は経済学者で、このことを重々承知しているにもかかわらず、非協力ゲームを進めてしまい、ナッシュ均衡の罠に落ちたと言う事です。もちろんこれは、自民改革会議も同じ事です。決して望んでいた結論ではなく、自民改革会議も大きなダメージを受けました。
これからは、この非協力ゲームを、協力ゲームに変えてゆかなければなりません。ナッシュ均衡に陥るのではなく、パレート最適と呼ばれるWIN-WINの状態を目指してゆかなければなりません。
そのために、決定的に欠けていたのは、対話です。根回しと言うと、なにかイヤらしく聞こえますが、それは対話と同義語です。対話と言えば、さわやかで堂々としたものに聞こえます。
今回の事件の教訓を生かすとすれば、これからは議会との対話、議員との対話、県民との対話、経済界との対話を重視した県政を進めてゆくことに尽きると、私も反省しました。
あす、本会議で採決があります。私は討論に立つことになっています。今日書いたような反省に立ち、しっかりと討論して、一歩成長する議会を創り上げてゆきたいと思っています。
2012年03月06日
三遠南信道開通

先日、三遠南信道の一部区間が開通し、その記念として行われた自転車走行会に参加してきました。
当日はあいにくの雨で・・・と言っても小雨でしたので、特に気にせずに走ることができました。
アクセルを踏んで走ると気付かないんでしょうが・・・自分の足で登ってみると、上り勾配は結構な坂です。しかも自動車専用道路ですから、長い下り→長いのぼり・・・というふうに続くので、予想以上に大変でした。
三遠南信道は、ご存じの通り、途中で計画が変更になって、特に浜松北部の区間が「現在ある道を拡幅して対応」となりました。これ、安全上大丈夫なのでしょうか?私は大いに疑問を持っています。
というのも、高架道路区間は80キロ、あるいは現実的には100キロ前後で走ってくる事でしょう。それが佐久間に入った途端、いきなり下道になる。しかも現在の道というのは・・・ぐねぐねです。どんだけ拡幅しても、限度があるでしょう。すると、曲がり切れなかったりして・・・あのあたりだと谷底や川の中、ということになりかねません。そういう意味で、非常に中途半端な整備方針です。これは、是非見直してもらいたいと思っています。
今回、一部区間が開通しましたが、これが本格的に効果を発揮するのは、第二東名が開通する4月14日以降でしょうね。これまでにないほどの長い距離が一気に開通するので、私も楽しみにしています。開通したらすぐに走りに行ってこようと思ってるくらいです。
第二東名と言えば、以前から開通が分かっていたので、私は1期目の時から「第二東名の開通に合わせて、インター周辺整備のための都市計画や農用地利用計画の変更を市町村と協力して進めるべきだ」と言い続けてきました。しかし当時は「まだ先の話だし、土地利用はそう簡単にいかない」という固定観念を打ち破れず、政策提言が実りませんでした。
そうした中、この手のことについては天才的な川勝知事が「内陸フロンティア」という分かりやすい造語を発明し、県政の主要政策に位置付けてくれたおかげで、一気にこの話が進むことになりました。知事はどうやら第二東名しか目に入っていないようですが、私が主張してきたのは第一東名も含めてです。実際に、第一東名のインター周辺は土地利用が規制されており(具体的には、浜松インターは北半分が開発不可、浜松西インターは周囲全部が農地で開発不可)、こちらも含めて対応が必要なのです。
よく言われるのが、「農地転用をしやすくしてほしい」という事ですが、私はこんな程度の事では解決にならないと思っています。むしろ、思い切ってまちづくりのグランドデザインを書きなおす事です。個別の農地転用を重ねては、これは高度成長期の浜松が悪い例で反省点でもあるのですが、バラバラのまちづくりになってしまいます。都市インフラを計画的に整備できず、結局まちの経営が非効率になり、行革の効果も出にくくなります。これは、企業において事業所や生産資産がバラバラに配置されているのと同じことで、節約で対応しきれないほどムダが出てしまうと言うことです。
それに対して、私は県土利用や市の土地利用のグランドデザインを書きなおす作業をしたいと思っています。新しい時代に合わせて、どこを開発し、どこを農地として保全するのか。またどこに道を通し、どこに社会資本整備を集中させるのか、ということを書きなおすのです。これはまさに、高度成長期を迎えるころ以来の、大きな変革であり、地域の投資の呼び水となる大きな政策展開になります。
川勝知事は本気で「内陸フロンティア」を形にしようとしていますので、私もこれまで温めてきた政策をどんどん出して、21世紀のふじのくにづくりに積極的に関与しようと思っています。
来年度予算では、以前から主張してきた「企業誘致の規制緩和」、とりわけ「物流事業への拡大」を実現することができました。かねてから輸送業界、物流業界の方々との意見交換を通じて、静岡県の物流面での可能性を確信しておりましたので、政策提言を始めてから3年ほどかかりましたが、ようやく形にすることができました。今回の予算では総額22億円の計上となりましたが、あいにく東日本大震災があり、静岡県経済も低迷している中ですので、以前ほど投資意欲がなくなっていると思われます。いまいちど周知徹底して、ぜひ民間の皆様、物流業界の皆様に活用してもらいたいと思っています。
昨日までで本会議の審議が終わり、明日から委員会審議となります。
平成24年度の静岡県の政策の方向性をしっかり議論し、皆様に成長を感じてもらえるような政策を打てるよう、全力を尽くしたいと思っています。
2012年02月16日
平成24年度予算発表
先日、県の24年度予算案が発表されました。
私たちが県議会において議論を重ねてきたことが、予算として反映されています。私が提案してきたものの中には、採用されたものも不採用のものもありますが、「言わない限り、採用されない」のがルールですので、これからも提案をし続けたいと思っています。
その中で、私がこの2~3年取り組み続けて、ようやく採用に至ったのが「企業誘致の対象拡大」です。
これまで、静岡県の企業誘致は「製造業」のみに限られてきました。もちろんそれは、他県からの誘致だけでなく、地元企業の規模拡大も対象として製造業の発展に寄与してきました。私の出身であるスズキを含む多くの企業が、県の助成制度を活用して、地域に根差したモノづくり企業として、地域とともに発展してきた経緯があります。
しかし一方で、私は、リーマンショック以降、さらには円高が定着し始めて以降、モノづくり企業のみに頼った県経済の発展に限界を感じていました。そこで、そのころから他の成長分野を取り込めないか、静岡の地勢上、成長が見込める分野はないかと研究しながら、県当局と協議を続けてきたのです。もちろん本会議や委員会でも質問として取り上げ、知事の答弁を引き出す努力もしてきました。
そうした中、来年度予算では、企業誘致の対象拡大が採用されることになりました。これは本当によかったと思っています。今回の拡大では、私が静岡の地勢上有利と主張してきた、「物流事業」を対象に加えることができました。ただでさえ、静岡は東京と大阪のど真ん中で、一日で配送できる地域の人口が最も多いとされる県の一つです。さらに、今年の4月には第二東名が開通します。このチャンスを生かすしかない。そこで、かねてから主張してきた物流分野を重要な成長軸とさだめて、企業誘致や県内既存企業の事業拡大を後押しすることに決まりました。
さらに、医療や食、環境などの成長分野も対象とします。こうした分野は静岡は比較的弱かったのですが、モノづくり産業などとの連携も期待できるので、可能性は高い分野だと思います。また、他の地域にはない、豊富な水があります。今後、世界的に水の争奪戦が予想される中、水を豊富に持つ静岡県の強みを生かすべく、今のうちから手を打っておかなければなりません。
今回の企業誘致政策の進展は、私にとっても達成感のあるものでしたが、残念なのは予算規模自体は縮小してしまったことです。これは、現在の静岡県の新規企業立地の状況をみると、やむを得ないことなのかもしれません。私としては、せめて前年度並みを確保したいところでしたが。
また、これまでの製造業の企業誘致と違い、物流分野や成長分野は「足が速い」という特性があります。したがって、立地すれば当分その場所にとどまり生産と雇用を確保できる製造業と違った対応が必要になります。また、生産資源を原則自社保有する製造業と違って、物流や研究開発型の企業はすこし経営形態が異なります。ですから、当面は手さぐりしながら支援や県との連携のルールを作り上げてゆくことになるでしょう。
いずれにしても、地域経済の活性化、中小企業支援は私のライフワークの一つです。そのために、中小企業診断士の資格も取得しました。日本の経済が低迷する中、私は地域企業の突破力に期待し、それをしっかりと後押ししてゆきたいと思っています。
2月21日の開会、そして3月16日の閉会まで、当分は議案研究の日々となりますが、来年の成長に向けた議論を深められるよう頑張りたいと思います。
また皆さんのご意見をお聞かせください。
私たちが県議会において議論を重ねてきたことが、予算として反映されています。私が提案してきたものの中には、採用されたものも不採用のものもありますが、「言わない限り、採用されない」のがルールですので、これからも提案をし続けたいと思っています。
その中で、私がこの2~3年取り組み続けて、ようやく採用に至ったのが「企業誘致の対象拡大」です。
これまで、静岡県の企業誘致は「製造業」のみに限られてきました。もちろんそれは、他県からの誘致だけでなく、地元企業の規模拡大も対象として製造業の発展に寄与してきました。私の出身であるスズキを含む多くの企業が、県の助成制度を活用して、地域に根差したモノづくり企業として、地域とともに発展してきた経緯があります。
しかし一方で、私は、リーマンショック以降、さらには円高が定着し始めて以降、モノづくり企業のみに頼った県経済の発展に限界を感じていました。そこで、そのころから他の成長分野を取り込めないか、静岡の地勢上、成長が見込める分野はないかと研究しながら、県当局と協議を続けてきたのです。もちろん本会議や委員会でも質問として取り上げ、知事の答弁を引き出す努力もしてきました。
そうした中、来年度予算では、企業誘致の対象拡大が採用されることになりました。これは本当によかったと思っています。今回の拡大では、私が静岡の地勢上有利と主張してきた、「物流事業」を対象に加えることができました。ただでさえ、静岡は東京と大阪のど真ん中で、一日で配送できる地域の人口が最も多いとされる県の一つです。さらに、今年の4月には第二東名が開通します。このチャンスを生かすしかない。そこで、かねてから主張してきた物流分野を重要な成長軸とさだめて、企業誘致や県内既存企業の事業拡大を後押しすることに決まりました。
さらに、医療や食、環境などの成長分野も対象とします。こうした分野は静岡は比較的弱かったのですが、モノづくり産業などとの連携も期待できるので、可能性は高い分野だと思います。また、他の地域にはない、豊富な水があります。今後、世界的に水の争奪戦が予想される中、水を豊富に持つ静岡県の強みを生かすべく、今のうちから手を打っておかなければなりません。
今回の企業誘致政策の進展は、私にとっても達成感のあるものでしたが、残念なのは予算規模自体は縮小してしまったことです。これは、現在の静岡県の新規企業立地の状況をみると、やむを得ないことなのかもしれません。私としては、せめて前年度並みを確保したいところでしたが。
また、これまでの製造業の企業誘致と違い、物流分野や成長分野は「足が速い」という特性があります。したがって、立地すれば当分その場所にとどまり生産と雇用を確保できる製造業と違った対応が必要になります。また、生産資源を原則自社保有する製造業と違って、物流や研究開発型の企業はすこし経営形態が異なります。ですから、当面は手さぐりしながら支援や県との連携のルールを作り上げてゆくことになるでしょう。
いずれにしても、地域経済の活性化、中小企業支援は私のライフワークの一つです。そのために、中小企業診断士の資格も取得しました。日本の経済が低迷する中、私は地域企業の突破力に期待し、それをしっかりと後押ししてゆきたいと思っています。
2月21日の開会、そして3月16日の閉会まで、当分は議案研究の日々となりますが、来年の成長に向けた議論を深められるよう頑張りたいと思います。
また皆さんのご意見をお聞かせください。
2012年01月27日
三方原用水

昨日は三方原用水議連で視察を行いました。
三方原用水は、天竜川にある秋葉ダムから延々と浜松まで持ってきている用水で、農業用水、工業用水、そして生活用の上水として活用されています。
三方原台地の農業地帯は、満州から帰ってきた人たちが生活するため、このあたりの軍用地を開墾したことに始まります。水が不十分で、強酸性の土地であった三方原が、この用水が整備されたおかげで、浜松の農業を支える地域に変貌したのです。
しかし、昭和35年の着工から実に50年以上が経過し、設備の老朽化が問題になっています。いろんなところにガタがきて、水が漏れ始めているのです。また、当初に比べて畑地かんがいが増えたため、苗つけなどの時期に合わせて機動的に水を手配できる仕組みが求められてきました。そのため大規模修繕の必要が出てきたのです。
今回見た大規模なサイホンやトンネルなどは、現行施設を活用しながら樹脂被覆などで漏水防止と長寿命化を図ります。また、最近の監視機器を導入し、省人化と合わせて機動的な水管理を出来るようにします。
TPP問題が一時騒がれて(いつの間にか下火になりましたが・・・それにしても日本人というか、日本のメディアというか・・・本当に飽きっぽいですね。)、農業をつぶすだの守るだのという議論が盛り上がった時期がありましたが・・・TPPに参加するにせよ、しないにせよ、日本の農業再生は必要です。
そのための一つの答えが、最新の技術との融合による、高度管理です。これは、日本にしかできない技術と言えるでしょう。確かに、長年培ったカンによる農業が基本ですが、残念ながらそれでは、21世紀には産業として成立しません。自民党政権時代も、また民主党になってからも、装備もなく規模も小さい農家を基準として政策を組み立てたため、日本の農業のレベルが上がりませんでした。
一方で、頑張る農家、経営体として成功している農家は、そんな政府の政策など待っていられないとばかりにがんばって、十分な装備と収益性を確保してきました。いずれにしても、日本の農業が目指す姿は、世界最高の品質と、世界最高の安全性です。それを、後継者に世代交代しながら高めてゆける仕組みの構築です。
いま、国会は消費税の事前協議をするとかしないとかでグダグダやってますが、そんな悠長なことをやっている時間があるのでしょうか。そんなことをしているうちに、どんどん財政は悪化するし、諸外国はどんどん政策を打ってきます。日本の政治が見失っているのは、また決定的に欠けているのは、スピード感です。
今回視察した水の確保は、農業の高度装備の第一歩です。こんごさらに、情報技術や制御技術を駆使して、最高の農業を創り上げなければなりません。その点では、オートバイや自動車の世界で、世界最高のものづくりを実践してきた浜松地域の強みが生かせると確信しています。
既得権にとらわれず、未来志向で、最高の農業を創り上げるにはどうすればいいか、日本の農業を再生し、後継者問題を解決するにはどうすればいいかを、今後関係機関と協議して合意に向けて取り組みたいと思います。
2012年01月21日
天竜川でのみそぎ

今日は神社庁の青年部の皆さんとともに、天竜川のみそぎに参加しました。
例年よりは少し暖かかったようですが・・・家を出たときは外気温は5度。
ふんどしとバスタオルを片手に、出陣しました。
みそぎでは、鳥船や気吹などの所作をしてから、天竜川に入ります。
船をこぐような動作をしながら和歌を読み、掛け声をかけるのが鳥船で、これは皆さんもご存じだと思います。
私も詳しく知っているわけではなく、祝詞もちゃんと言えないのですが、ある宮司さんから、
「それは知っているに越したことはありませんが、そんなことより一番大事なのは心です。この一年、日本が平らかであることをしっかりお祈りする思いです。格好だけなら、水浴びや寒中水泳とかわりませんからね。」と言われました。本当にその通りだと思います。
昨年が東日本大震災など、本当に大変な年でしたので、今年こそは良い年になることをしっかりと祈ってきました。もちろんそのあとは・・・すぐに温かいお風呂に入りました。そろそろ回復が遅くなり始める年齢ですので・・・。
こうした神道の行事というのは、私は宗教活動とは思っていません。むしろ、日本人としての活動だと思っています。一方で、盆暮れのお墓参り、これも厳密には仏教の行事ですが、私の認識ではこれも日本人としての活動だと思っています。盆暮れには、かならず里帰りをすることにしています。
今年は特に、復興を本格化する年であり、東海地方は「明日は我が身」ですから、ソフト面・ハード面ともに防災対策に徹底して取り組む年になります。
その一方で・・・国政の方にはそういう決意や危機感、使命感はあるのでしょうか?
今日のニュースでは、消費税の増税分の使途が決まった、全額社会保障財源に使う、と報道されていましたが、こんなのはごまかしの世界です。実際には社会保障のあらゆる分野に一般財源が投入されていて、それを減らして消費税を充当するだけのこと。専門的な見地から見れば、ほとんど意味のない報道・情報です。というより、社会保障のためだから賛同してほしいと言う、民主党政権側の宣伝のような報道だと思いました。
それ以上に、私が問題だと思ったのは、「全額社会保障財源だから、消費税を上げる」と言いきった途端に、消費税は際限なく上がることになります。実際に、医療、年金、生活保護など、社会保障費は増える一方です。これは選挙目当てのばらまき合戦の結果だと言っても過言ではないでしょう。
そうして社会保障費が増え続けている背景があって、消費税は全額社会保障財源と言ってしまえば・・・社会保障を賄えるだけ消費税を上げ続けると言うことが正論として通ってしまいますね。私は本来保険制度になっている医療や年金などもこのようにしてしまえば、未納者、未払い者などのモラルハザードも加速するのではないかと懸念しています。
そんなことより、「税と社会保障の一体改革」と言っておきながら、社会保障改革はどうなったのでしょうか。いま、生活保護などの社会保障に切り込んでいるのは、大阪の橋下さんだけです。彼は本当に勇気を持ってやっていると思います。先日のパーティーでも、「社会保障改革をやらなければ、消費税が10%では全く足りない。」という趣旨の発言をしているそうで、まったくその通りです。
消費税増税についての与野党協議を持ちかけているとのことですが、こんな小手先、ごまかしだらけで、しかも言うことがコロコロ変わるようでは、与野党協議に入れない野党の気持ちもよくわかります。
しかしいずれにしても、残念ながら、国政からは危機感も使命感も感じません。
写真の中でも一句詠みましたが、地域経済はいまだに冷えており、明らかに政治の低迷が経済の低迷を引き起こしてしまっている構図だと思っています。
今年は日本の政治も、経済も、厳しい決断を迫られる年になりそうです。そうした中、私も今日のみそぎで誓ったのですが、「日本再生・地域再生の先兵」となって頑張りたいと思っています。
もちろん、みなさまの健康と発展もお祈りしてきました。今年も気持ちを新たに頑張りたいと思います。
2012年01月11日
消費税について考える
正月にいろんなところでご挨拶をさせていただいていると・・・消費税増税について、賛否を求められます。この問題は「さあ、白か黒か」と言われて答えられるほど単純なものではないと思いますが、自分の考えを整理する意味でも、現時点での考え方を書いてみたいと思います。
まずそもそも、税のあり方について、私は消費税を含む間接税の比率を高めることに賛成です。日本はよく直接税の割合が高い(消費税など間接税の割合が低い)と言われますが、これは主に法人税によるものです。で、その法人税はと言うと、赤字法人が大量にあるため、負担している法人の割合は低いのが日本の現状です。
それならもう少し平等公平に負担する割合を増やすべきだと言う考えから、消費税を基幹税として税体系を作り直すことに賛成しているのです。同時に法人税を下げたり、相続税を廃止するべきだと思っています。どうせ高額所得の方々には、累進課税でたくさんお支払いいただいています。まして相続税などは、所得税を払った残りをコツコツためて、それが死んだ時にはまた半分も持っていかれると言うのは、まさに二重課税以外の何物でもありません。これはむしろ子供たち、できれば働き盛り、子育て盛りの若い世代に相続してもらって、それを世の中で活用してもらうべきです。相続税については私はもう一つの視点から問題にしていて、それは90歳のおばあちゃんが亡くなって70歳の息子が相続して、その資産が活かされるのかどうか。昔は60歳のお父さんが死んで、40歳の息子が相続したので、その資産を十分に活用することができました。しかし現金にせよ、土地にせよ、農地にせよ、70歳の人がもらったところで、もう使えません。高齢化社会の一つの問題点として、相続しても資産が活用されない、そうした資産が何十兆も何百兆もあると言うことが挙げられます。こうした問題を解決するためにも、思い切って相続税も贈与税も廃止するべきだと考えています。
だいぶ脱線しましたが、消費税に戻ると、まず今が上げる時期なのかどうか。これは明らかに間違いです。消費が低迷し、デフレが加速しているときに消費税を上げると、本当の意味で日本経済を破壊しかねません。したがって、今すぐに消費税を上げることには反対です。
つぎに、上げる資格があるのかどうか。これはまったくないですね。何の改革もやっていないのに、税金だけ上げるとは何事でしょうか。バラマキにバラマキを重ね、自分たちの改革、議会改革や公務員改革を何一つやらずに、税金だけ上げるなんていったら、誰が支持するのでしょうか。昨年の暮も、日本全国、47都道府県のすべてが人事院勧告をベースにして地方公務員給料を下げているのに、唯一国はこれを無視して、国家公務員の給料を一円も下げませんでした。いったい何を考えているのでしょうか?静岡県も下げましたし、浜松市も下げました。国だけは下げませんでした。こんな状態で、消費税を上げる資格など、どこにもないと思います。
3点目に、上げたらどうなるのか。税と社会保障の一体改革などと、立派な事を言っていますが、消費税を8%に上げても、10%に上げても、社会保障の安定財源にもならないし、財政健全化にもなりません。多少ましになる、と言うだけの事です。本当に財政再建したいのなら、なぜ徹底した歳出削減をしないのか。徹底して働かない公務員や不適格教員の削減をしないのか。借金が減るような財政構造と作るのなら、消費税を20%にするか、さもなくば社会保障の見直し、生活保護や医療費、延命治療などの見直しが必須のはずです。それを何もやらずに、何となくバナナのたたき売りの感覚で8%とか10%なんて、おかしいと思います。その数字の根拠を示してもらいたいと思います。
4点目に、なぜ2段階で上げるのか。こんなことをしたら、日本中の企業は、コンピューターのシステム修正を2回やらなければなりません。これだけでも膨大な金額です。さらに、ミスが起きて混乱が起きる可能性も高まる。確かにコンピューター会社はもうかるかもしれません。しかし、日本の景気がひどい状態の中、あらゆる企業は爪に火をともすようなコスト削減努力をしています。そんな中、コンピューターの修正に膨大な支出を強要する、それも2回に分けて。いったい何を考えているのでしょうか?経済や企業の現場の事を何も知らない人たちが、政治主導とか言って意思決定をする事のムダが、ここでも明らかになっています。
まあ、さらに問題点を上げればきりがないのですが、一言で言えば、残念ながら消費税増税をお願いする資格がないと言うことだと思います。その前に血のにじむような、それどころか血が噴き出すような努力を見せてもらいたいと思います。
そもそも日本の国会に衆議院とか参議院とか必要なのでしょうか?これだけスピードが求められる時代に、それぞれ足の引っ張り合いをしているだけ。まともな議論をしているならまだしも、出てくるのはスキャンダルと醜い批判合戦、重箱の隅をつつくような議論ばかりです。
消費税を上げる前に、衆議院と参議院を合併してはどうでしょうか?国会なんてひとつで十分です。
そのためには憲法改正が必要ですが、そういう改正なら国民はみんな賛成するでしょう。
とにかく、消費税云々の前に、まずは徹底した議員改革・公務員改革と、デフレからの脱却です。デフレで物の値段が下がり続けている以上は、どんな政策を打っても無効化されます。
言わずもがなですが、GDPは民間消費や民間投資と、政府支出の合計です。いま、デフレが続きGDPが伸び悩んでいる以上、また民間が消費余力も投資余力もなくしている以上、政府支出を増やすしかありません。
そうした中に、東日本大震災が来ました。これは大変な出来事でしたが、ピンチをチャンスに変える意味で、いま行う防災のための投資なら、ほとんどの国民が理解してくれると思います。将来の壊滅や大量死を予防するための投資ですから、非常に意味のある投資でもあります。こういう時に政府支出を増やさなくてどうするのか。いったいいつ増やすのか。そういう考えで、県としても出来るかぎりの防災投資をしてゆきたいと思っています。
しかし今の政府は・・・それにも二の足を踏んで、復興が遅れています。がれきだけではなく、新しい都市計画も、産業の再生も遅れているのです。こんなときに出し惜しんでいる場合ではありません。いまこそ国・県・市をあげて政府支出を増やして、GDPを支え、デフレから脱却するべきです。それをやらずに消費税を上げて民間消費も民間投資も冷え込ませたら・・・最悪の事態であるGDPの下降局面に突入してしまいます。
よく、政府の借金や政府支出を家庭の収支と重ねて説明する向きがありますが、そもそも性質が違う以上、これは誤解のもとです。政府と家庭はまったく別のものです。それは雨が降ればダムに水をため、日照りが続けばダムの水を流すのと似ていて、ダムが天候と同じように動いていては存在意義がないばかりか、余計に大きな振れ幅を作ってしまうのです。
これまで政府と家庭を重ねて説明し、バブルで家庭や企業がカネを使えば政府や地方自治体も一緒にバブルで踊って金を使いまくる、逆に景気が悪くなって家庭や企業が節約したら政府もそれ以上に金を出し渋って景気をさらに冷やす・・・その結果、いまのように極端な景気変動を巻き起こしてしまいました。このことに気づき、反省するべきです。
書き出すといろいろ伝えたいことがあって、長くなってしまいましたが、とにかくそういうわけで、まずは経済政策、成長政策、デフレ脱却を最優先するべきだと考えます。
そういう視点で、今私は県議ですから、静岡県としてやれることは全てやりつくす決意で、来年度の政策・予算要望を続けています。
今日市内を回っていましたら、根上がり松に差し掛かって、ふと写真を取って一句詠みました。

「値上がり待つ」だけでは、政治の仕事としては不十分です。
政治があらゆる政策を動員して「値上がりさせてみせる」決意が必要だと思っています。
まずそもそも、税のあり方について、私は消費税を含む間接税の比率を高めることに賛成です。日本はよく直接税の割合が高い(消費税など間接税の割合が低い)と言われますが、これは主に法人税によるものです。で、その法人税はと言うと、赤字法人が大量にあるため、負担している法人の割合は低いのが日本の現状です。
それならもう少し平等公平に負担する割合を増やすべきだと言う考えから、消費税を基幹税として税体系を作り直すことに賛成しているのです。同時に法人税を下げたり、相続税を廃止するべきだと思っています。どうせ高額所得の方々には、累進課税でたくさんお支払いいただいています。まして相続税などは、所得税を払った残りをコツコツためて、それが死んだ時にはまた半分も持っていかれると言うのは、まさに二重課税以外の何物でもありません。これはむしろ子供たち、できれば働き盛り、子育て盛りの若い世代に相続してもらって、それを世の中で活用してもらうべきです。相続税については私はもう一つの視点から問題にしていて、それは90歳のおばあちゃんが亡くなって70歳の息子が相続して、その資産が活かされるのかどうか。昔は60歳のお父さんが死んで、40歳の息子が相続したので、その資産を十分に活用することができました。しかし現金にせよ、土地にせよ、農地にせよ、70歳の人がもらったところで、もう使えません。高齢化社会の一つの問題点として、相続しても資産が活用されない、そうした資産が何十兆も何百兆もあると言うことが挙げられます。こうした問題を解決するためにも、思い切って相続税も贈与税も廃止するべきだと考えています。
だいぶ脱線しましたが、消費税に戻ると、まず今が上げる時期なのかどうか。これは明らかに間違いです。消費が低迷し、デフレが加速しているときに消費税を上げると、本当の意味で日本経済を破壊しかねません。したがって、今すぐに消費税を上げることには反対です。
つぎに、上げる資格があるのかどうか。これはまったくないですね。何の改革もやっていないのに、税金だけ上げるとは何事でしょうか。バラマキにバラマキを重ね、自分たちの改革、議会改革や公務員改革を何一つやらずに、税金だけ上げるなんていったら、誰が支持するのでしょうか。昨年の暮も、日本全国、47都道府県のすべてが人事院勧告をベースにして地方公務員給料を下げているのに、唯一国はこれを無視して、国家公務員の給料を一円も下げませんでした。いったい何を考えているのでしょうか?静岡県も下げましたし、浜松市も下げました。国だけは下げませんでした。こんな状態で、消費税を上げる資格など、どこにもないと思います。
3点目に、上げたらどうなるのか。税と社会保障の一体改革などと、立派な事を言っていますが、消費税を8%に上げても、10%に上げても、社会保障の安定財源にもならないし、財政健全化にもなりません。多少ましになる、と言うだけの事です。本当に財政再建したいのなら、なぜ徹底した歳出削減をしないのか。徹底して働かない公務員や不適格教員の削減をしないのか。借金が減るような財政構造と作るのなら、消費税を20%にするか、さもなくば社会保障の見直し、生活保護や医療費、延命治療などの見直しが必須のはずです。それを何もやらずに、何となくバナナのたたき売りの感覚で8%とか10%なんて、おかしいと思います。その数字の根拠を示してもらいたいと思います。
4点目に、なぜ2段階で上げるのか。こんなことをしたら、日本中の企業は、コンピューターのシステム修正を2回やらなければなりません。これだけでも膨大な金額です。さらに、ミスが起きて混乱が起きる可能性も高まる。確かにコンピューター会社はもうかるかもしれません。しかし、日本の景気がひどい状態の中、あらゆる企業は爪に火をともすようなコスト削減努力をしています。そんな中、コンピューターの修正に膨大な支出を強要する、それも2回に分けて。いったい何を考えているのでしょうか?経済や企業の現場の事を何も知らない人たちが、政治主導とか言って意思決定をする事のムダが、ここでも明らかになっています。
まあ、さらに問題点を上げればきりがないのですが、一言で言えば、残念ながら消費税増税をお願いする資格がないと言うことだと思います。その前に血のにじむような、それどころか血が噴き出すような努力を見せてもらいたいと思います。
そもそも日本の国会に衆議院とか参議院とか必要なのでしょうか?これだけスピードが求められる時代に、それぞれ足の引っ張り合いをしているだけ。まともな議論をしているならまだしも、出てくるのはスキャンダルと醜い批判合戦、重箱の隅をつつくような議論ばかりです。
消費税を上げる前に、衆議院と参議院を合併してはどうでしょうか?国会なんてひとつで十分です。
そのためには憲法改正が必要ですが、そういう改正なら国民はみんな賛成するでしょう。
とにかく、消費税云々の前に、まずは徹底した議員改革・公務員改革と、デフレからの脱却です。デフレで物の値段が下がり続けている以上は、どんな政策を打っても無効化されます。
言わずもがなですが、GDPは民間消費や民間投資と、政府支出の合計です。いま、デフレが続きGDPが伸び悩んでいる以上、また民間が消費余力も投資余力もなくしている以上、政府支出を増やすしかありません。
そうした中に、東日本大震災が来ました。これは大変な出来事でしたが、ピンチをチャンスに変える意味で、いま行う防災のための投資なら、ほとんどの国民が理解してくれると思います。将来の壊滅や大量死を予防するための投資ですから、非常に意味のある投資でもあります。こういう時に政府支出を増やさなくてどうするのか。いったいいつ増やすのか。そういう考えで、県としても出来るかぎりの防災投資をしてゆきたいと思っています。
しかし今の政府は・・・それにも二の足を踏んで、復興が遅れています。がれきだけではなく、新しい都市計画も、産業の再生も遅れているのです。こんなときに出し惜しんでいる場合ではありません。いまこそ国・県・市をあげて政府支出を増やして、GDPを支え、デフレから脱却するべきです。それをやらずに消費税を上げて民間消費も民間投資も冷え込ませたら・・・最悪の事態であるGDPの下降局面に突入してしまいます。
よく、政府の借金や政府支出を家庭の収支と重ねて説明する向きがありますが、そもそも性質が違う以上、これは誤解のもとです。政府と家庭はまったく別のものです。それは雨が降ればダムに水をため、日照りが続けばダムの水を流すのと似ていて、ダムが天候と同じように動いていては存在意義がないばかりか、余計に大きな振れ幅を作ってしまうのです。
これまで政府と家庭を重ねて説明し、バブルで家庭や企業がカネを使えば政府や地方自治体も一緒にバブルで踊って金を使いまくる、逆に景気が悪くなって家庭や企業が節約したら政府もそれ以上に金を出し渋って景気をさらに冷やす・・・その結果、いまのように極端な景気変動を巻き起こしてしまいました。このことに気づき、反省するべきです。
書き出すといろいろ伝えたいことがあって、長くなってしまいましたが、とにかくそういうわけで、まずは経済政策、成長政策、デフレ脱却を最優先するべきだと考えます。
そういう視点で、今私は県議ですから、静岡県としてやれることは全てやりつくす決意で、来年度の政策・予算要望を続けています。
今日市内を回っていましたら、根上がり松に差し掛かって、ふと写真を取って一句詠みました。

「値上がり待つ」だけでは、政治の仕事としては不十分です。
政治があらゆる政策を動員して「値上がりさせてみせる」決意が必要だと思っています。
2012年01月09日
新年に思う
みなさま、明けましておめでとうございます、と申し上げたいところなのですが、・・・議員は挨拶状が一年中、どんな場合でも禁止されています。ということで、このルールが年賀状にも適用されると言うことで、議員は年賀状が出せないことになっています。
ブログとかホームページはどうなのか、ということになるわけですが、文書図画という意味では同じ扱いなので・・・やはり、いまのルールではよろしくないと考えています。
ということで・・・みなさま、どのような新年をお迎えでしょうか?また、新年にあたり、どのような決意をされましたでしょうか?
本文を書き出すまでに長々と書いてしまいましたが、昨年は本当に大変な一年でした。
私は年末にも、東日本大震災の現場に入り、いろいろ訪問して話を伺ったり、あらためてがれきの山を眺めたりしてきました。

スマホの中に面白いソフトがあって、写真を取ってから一句詠めるというものです。駄作ですが・・・つみあがったがれきをよく見ると・・・アルバムがあったり、ベビーカーがあったりするのを見て、とっさにこのように詠んでみました。
がれきの処理はいまだに進みません。静岡県が年間600トンを受け入れるかどうか、あるいは各市町村がどの程度負担するかが今後の課題というか、争点となっています。
私は、「国民全体に被災地支援の共通認識を醸成する。」という考え方は良いと思います。しかし、実際の仕事として、年間600トンというこんな小さな、瑣末と言えることに国は時間を費やすべきではないと思っています。私はこのような類のことは、国のやるべき仕事ではない、と思っています。国にはもっと大きな、ダイナミックな決断と実行が求められています。
焼却場を筆箱にたとえて話をすると・・・A君の筆箱が津波で流されてしまいました。このままでは勉強ができません。近所のB君に筆箱を貸して、と言います。「いや・・・でも・・・分かるんだけど、僕も勉強しないといけないし。ごめんね。」 C君にも頼んでみます。「この筆箱は、頼んで頼んで買ってもらったものだから・・・許可をもらわないと。ごめんね。」
こまって遠くの親戚のD君に頼んでみます。「使っていない鉛筆1本だけでいいから貸して。」 「いや、でも使う時があるかもしれないし、それに、もし貸して折れたりしたら誰が弁償してくれるの?」
こう言われて困り果てているA君のところに、政府というお父さんがやってきました。
「Aは津波の被害で困っているんだから、よし、お父さんが一緒に頼みに行ってやろう」
そして、B、C、Dに、
「もし折れたらお父さんが弁償するから、なんとか1本だけでも鉛筆を貸してやってくれんか」
「たくさんある鉛筆のうちの1本だけでいいんだから。」
「Aはかわいそうじゃないか。かわいそうだという気持ちがあるなら、それを共有して、なんとかするべきじゃないか」
まあ、だいたいこの手の話をしていると言う事です。
私は政府の仕事は、市町村と一緒に頼みに回る事じゃないと思います。市町村は何で頼まなければならないのかというと、焼却場を作るお金がないからです。べつに無理して借りたいわけじゃない。
国の本来の仕事は、「よし、それならお父さんが焼却場を作ってやろう。」と言って、各企業に命令する事です。当然、企業も意気に感じて、突貫工事で素晴らしい焼却場を作ってくれるでしょう。
東日本のがれきは2500万トンです。年間600トンでは、桁が5つも違う。ちなみに浜松にある清掃工場は、年間10万トン以上処理できます。これとおなじ年間10万トンの炉を20基も作れば、年間200万トン。10年あれば全て焼ききることが出来ます。その後はその地域の焼却炉として活用してもらえばいい。
仮に1基あたり高く見積もって100億円かかったとしても、2000億円です。放射能の除染に1兆円かけるとか言っているのなら、その2割を回せばがれきの処理はめどが立つのです。
ソロバンのはじき方も含めて、いったい何を考えているのか、と思います。
私はこれらのことを細野大臣のせいにするつもりはありません。環境省の仕事は大臣一人でやるものではありません。事務局が原案を作り、決断・判断するのがトップの仕事です。そういう意味では、環境官僚が何も知らないし、何もわかっていないのではないかと疑っています。現場の事も、国としてやるべきことも。
がれきの話を始めたら少し長くなりすぎてしまいましたが、今年はなにより、防災対策を徹底してやらなければなりません。
そのためにはいくつか必要な政策があるのですが、誰も言っていない分野について話をしますと(なぜ誰も言わないのか、と不思議に思っていますが・・・)、
私は防災学とか、防災士の資格取得とか、救命救急関連の資格を取るとかいうことを、県立高校や県立大学の単位として認定するよう、いま働きかけています。
そうすれば、県内の学生の多くがこの単位を取るようになるでしょう。そうすれば・・・うまくいけば毎年3万人程度(今年の静岡県の成人が3万7000人ですから)の、防災や救命救急の知識がある若者が増えることになります。10年すれば30万人。実に、県民の10人に1人が、いざという時に頼りになる存在になりうると言う事です。
日本全国を見渡しても、こんな県はありません。さらに言えば、どの県に行っても、静岡県の人はいざという時には動ける、頼りになる、ということになります。こんなに誇らしい事はありません。
私は中越地震、中越沖地震、そして今回の東日本と、それぞれボランティアで泊りこんで支援をしてきました。その中で確信した事は、ハードの整備以上に、ソフト面の整備、地域の人たちがいざという時に正しく行動できるか、正しく非難できるか、正しく救助できるか、ということが重要だと言う事です。
今回も被災後、たとえば教師の判断が間違って子供が死んだとか、保育園の判断が間違って幼児が死んだとか、意外と動けない、頼りにならない若者が多くて、高齢者と共に保護されていたとか、残念なケースを耳にします。こうしたことは、静岡県では絶対に起こさないと言う強い決意で、私は人間力の方の防災力を強化したいと考えています。
これは、各個人の立場からしても、いざという時に家族や知人友人を守れる強力な技術を身につけることになりますし、地域としては何よりも強靭になる。そのための一つの手段として、「防災・救命の資格取得を単位に認定する」ということから始めたいと思っています。
他にも、防災だけではなく、経済や医療・福祉分野も、これまでの延長線上ではなく、思い切ったブレークスルーが期待されています。こうした期待に政策でお答えする、そういう一年にしたいと思っています。
私は、自分がこうありたい、これを目指して研鑽を深めたいと言う思いから、「政策の鉄人」というキャッチコピーを使っています。これは、単なる官僚的な政策マシーンという意味ではなく、地域の思いや人々の思い、それは、声の大きい人の意見が通るのではなく、声なき声も聞きわけて、そして未来志向で政策を創り上げる。それが本来の政治家の仕事だと思っているからです。
そういう思いがあって、私は、「現場を知らなければならない、それなら地方政治から!」と思い、市議会議員から仕事をやってきました。もっと思い切った改革を現場で形にしたいと思って市長選に出て負け、県議に転身して今に至っています。
今年も最初の原点である現場主義を徹底しながら、「政策の鉄人」を目指して頑張りますので、どうか今年も皆様からのご指導とご支援を賜りますよう、よろしくお願いいたします。
ブログとかホームページはどうなのか、ということになるわけですが、文書図画という意味では同じ扱いなので・・・やはり、いまのルールではよろしくないと考えています。
ということで・・・みなさま、どのような新年をお迎えでしょうか?また、新年にあたり、どのような決意をされましたでしょうか?
本文を書き出すまでに長々と書いてしまいましたが、昨年は本当に大変な一年でした。
私は年末にも、東日本大震災の現場に入り、いろいろ訪問して話を伺ったり、あらためてがれきの山を眺めたりしてきました。

スマホの中に面白いソフトがあって、写真を取ってから一句詠めるというものです。駄作ですが・・・つみあがったがれきをよく見ると・・・アルバムがあったり、ベビーカーがあったりするのを見て、とっさにこのように詠んでみました。
がれきの処理はいまだに進みません。静岡県が年間600トンを受け入れるかどうか、あるいは各市町村がどの程度負担するかが今後の課題というか、争点となっています。
私は、「国民全体に被災地支援の共通認識を醸成する。」という考え方は良いと思います。しかし、実際の仕事として、年間600トンというこんな小さな、瑣末と言えることに国は時間を費やすべきではないと思っています。私はこのような類のことは、国のやるべき仕事ではない、と思っています。国にはもっと大きな、ダイナミックな決断と実行が求められています。
焼却場を筆箱にたとえて話をすると・・・A君の筆箱が津波で流されてしまいました。このままでは勉強ができません。近所のB君に筆箱を貸して、と言います。「いや・・・でも・・・分かるんだけど、僕も勉強しないといけないし。ごめんね。」 C君にも頼んでみます。「この筆箱は、頼んで頼んで買ってもらったものだから・・・許可をもらわないと。ごめんね。」
こまって遠くの親戚のD君に頼んでみます。「使っていない鉛筆1本だけでいいから貸して。」 「いや、でも使う時があるかもしれないし、それに、もし貸して折れたりしたら誰が弁償してくれるの?」
こう言われて困り果てているA君のところに、政府というお父さんがやってきました。
「Aは津波の被害で困っているんだから、よし、お父さんが一緒に頼みに行ってやろう」
そして、B、C、Dに、
「もし折れたらお父さんが弁償するから、なんとか1本だけでも鉛筆を貸してやってくれんか」
「たくさんある鉛筆のうちの1本だけでいいんだから。」
「Aはかわいそうじゃないか。かわいそうだという気持ちがあるなら、それを共有して、なんとかするべきじゃないか」
まあ、だいたいこの手の話をしていると言う事です。
私は政府の仕事は、市町村と一緒に頼みに回る事じゃないと思います。市町村は何で頼まなければならないのかというと、焼却場を作るお金がないからです。べつに無理して借りたいわけじゃない。
国の本来の仕事は、「よし、それならお父さんが焼却場を作ってやろう。」と言って、各企業に命令する事です。当然、企業も意気に感じて、突貫工事で素晴らしい焼却場を作ってくれるでしょう。
東日本のがれきは2500万トンです。年間600トンでは、桁が5つも違う。ちなみに浜松にある清掃工場は、年間10万トン以上処理できます。これとおなじ年間10万トンの炉を20基も作れば、年間200万トン。10年あれば全て焼ききることが出来ます。その後はその地域の焼却炉として活用してもらえばいい。
仮に1基あたり高く見積もって100億円かかったとしても、2000億円です。放射能の除染に1兆円かけるとか言っているのなら、その2割を回せばがれきの処理はめどが立つのです。
ソロバンのはじき方も含めて、いったい何を考えているのか、と思います。
私はこれらのことを細野大臣のせいにするつもりはありません。環境省の仕事は大臣一人でやるものではありません。事務局が原案を作り、決断・判断するのがトップの仕事です。そういう意味では、環境官僚が何も知らないし、何もわかっていないのではないかと疑っています。現場の事も、国としてやるべきことも。
がれきの話を始めたら少し長くなりすぎてしまいましたが、今年はなにより、防災対策を徹底してやらなければなりません。
そのためにはいくつか必要な政策があるのですが、誰も言っていない分野について話をしますと(なぜ誰も言わないのか、と不思議に思っていますが・・・)、
私は防災学とか、防災士の資格取得とか、救命救急関連の資格を取るとかいうことを、県立高校や県立大学の単位として認定するよう、いま働きかけています。
そうすれば、県内の学生の多くがこの単位を取るようになるでしょう。そうすれば・・・うまくいけば毎年3万人程度(今年の静岡県の成人が3万7000人ですから)の、防災や救命救急の知識がある若者が増えることになります。10年すれば30万人。実に、県民の10人に1人が、いざという時に頼りになる存在になりうると言う事です。
日本全国を見渡しても、こんな県はありません。さらに言えば、どの県に行っても、静岡県の人はいざという時には動ける、頼りになる、ということになります。こんなに誇らしい事はありません。
私は中越地震、中越沖地震、そして今回の東日本と、それぞれボランティアで泊りこんで支援をしてきました。その中で確信した事は、ハードの整備以上に、ソフト面の整備、地域の人たちがいざという時に正しく行動できるか、正しく非難できるか、正しく救助できるか、ということが重要だと言う事です。
今回も被災後、たとえば教師の判断が間違って子供が死んだとか、保育園の判断が間違って幼児が死んだとか、意外と動けない、頼りにならない若者が多くて、高齢者と共に保護されていたとか、残念なケースを耳にします。こうしたことは、静岡県では絶対に起こさないと言う強い決意で、私は人間力の方の防災力を強化したいと考えています。
これは、各個人の立場からしても、いざという時に家族や知人友人を守れる強力な技術を身につけることになりますし、地域としては何よりも強靭になる。そのための一つの手段として、「防災・救命の資格取得を単位に認定する」ということから始めたいと思っています。
他にも、防災だけではなく、経済や医療・福祉分野も、これまでの延長線上ではなく、思い切ったブレークスルーが期待されています。こうした期待に政策でお答えする、そういう一年にしたいと思っています。
私は、自分がこうありたい、これを目指して研鑽を深めたいと言う思いから、「政策の鉄人」というキャッチコピーを使っています。これは、単なる官僚的な政策マシーンという意味ではなく、地域の思いや人々の思い、それは、声の大きい人の意見が通るのではなく、声なき声も聞きわけて、そして未来志向で政策を創り上げる。それが本来の政治家の仕事だと思っているからです。
そういう思いがあって、私は、「現場を知らなければならない、それなら地方政治から!」と思い、市議会議員から仕事をやってきました。もっと思い切った改革を現場で形にしたいと思って市長選に出て負け、県議に転身して今に至っています。
今年も最初の原点である現場主義を徹底しながら、「政策の鉄人」を目指して頑張りますので、どうか今年も皆様からのご指導とご支援を賜りますよう、よろしくお願いいたします。
2011年12月23日
12月議会が閉会
先日、長かった12月議会が終了しました。
今議会は、予算的には台風15号関連の復旧事業が大きかったのですが、他にも人事委員会勧告に伴う公務員給与の削減があったり、議会改革の検討委員会の答申準備があったり、教育委員会からの不祥事が連発したりと・・・調査して会派としての対策案を練り上げるようなテーマが多かったので、いつも以上に県庁に引きこもっていた気がします。ようやく終わったのですが、書類をまとめたり後処理をしているうちに、新年になってしまいそうです。
最終日に私が行った討論がメディアに取り上げられたことで、昨日はいろんな方からたくさんお電話を頂きました。「よく調べているね。」「小会派でもズバッと切り込む議論をやっているから新聞などによく載るんだね。」とお褒めを頂いたものもあれば、「県庁は対策をやらないと言っているようだがけしからん」「徹底的に突っ込んでほしい」「議会はなめられているのでは?」という叱咤激励もいただきました。
これについては、県庁側がマスコミにした説明に、すこし誤解もあったようですので、私の方からご説明したいと思います。
私が取り上げたのは、台風15号の復旧工事の中に疑念を抱かせるものがあったからです。空港の工事なんですが、たとえばその一つは、平成13年からずっと同じある会社が落札してきて、20年に完成。平均落札率は92%。その後2回壊れて、その都度復旧工事を発注しています。もちろんタダで直させるのではなく、お金は県庁、つまり県民の皆さまが払っている。それは、2回とも作った会社と同じ会社が落札しています。91%と87%で。つまり、毎回入札でやっているはずなのに、最初から最後まで同じ会社が落札して、補修も同じ会社が落札しているのです。
そして今回また壊れたと言うことで、12月補正予算で3回目の補修工事を出すことになったのです。
これは、少しおかしい。これまでのように、作った会社と直す会社が同じでは、壊れた原因が不可避なものかどうか分からない。隠そうと思えば隠せるわけです。さらに、本当にちゃんと入札が行われているのか。普通の感覚なら、おかしいと思うはずです。
これを指摘しながら、県庁の技術力低下が懸念されるので、対策を求めました。具体的には技術職員の研修の強化、民間の優秀な人材の中途採用、施行中の現場検査の強化や、いい加減な工事の受け取り拒否の徹底などです。
これに対して、県庁はやらないと言っているのではなく、担当は「現時点では問題のない入札だったと判断しているが、もういちど精査して、再発防止のための方策を検討する」と言ったとのことです。
ちなみに、川勝知事はわたしたちの会派室を訪問して、「あれ、ちゃんと調べて報告しますから。あれは知らなかった。きちんとやりますから。」と言って帰られました。総務部長も、「予算を作りながら、これは少しおかしい、何とかしないといけないとは思っていました。本会議でのご指摘ですので、何らかの対策をまとめます。」と言っていました。
ということですので、「問題はないのでやらない」と言っているわけではなく、今回の指摘を受けて検討に入ると言う事です。もちろん当日の指摘なので対策が決定したわけではないので、今の時点では具体策はない、といってしまったのでしょう。日本語は難しくて、少しの言葉のニュアンスの違いが誤解のもととなってしまいます。
いずれにしても、私は疑念や問題を指摘しながら、県庁の技術力強化を求めたわけですので、来年2月議会ではその報告を受け、今後の方向性について建設的な議論をしたいと思っています。
最高の静岡県を作るためには、最高の県庁職員をそろえなければなりません。そのためには、職員の能力強化と、民間から優秀な人材を登用して、県庁生え抜き職員との切磋琢磨をする環境づくりが不可欠です。人材面からも「県庁が変わった」「県庁が良くなった」と言ってもらえるよう、全力で取り組みたいと思います。
今議会は、予算的には台風15号関連の復旧事業が大きかったのですが、他にも人事委員会勧告に伴う公務員給与の削減があったり、議会改革の検討委員会の答申準備があったり、教育委員会からの不祥事が連発したりと・・・調査して会派としての対策案を練り上げるようなテーマが多かったので、いつも以上に県庁に引きこもっていた気がします。ようやく終わったのですが、書類をまとめたり後処理をしているうちに、新年になってしまいそうです。
最終日に私が行った討論がメディアに取り上げられたことで、昨日はいろんな方からたくさんお電話を頂きました。「よく調べているね。」「小会派でもズバッと切り込む議論をやっているから新聞などによく載るんだね。」とお褒めを頂いたものもあれば、「県庁は対策をやらないと言っているようだがけしからん」「徹底的に突っ込んでほしい」「議会はなめられているのでは?」という叱咤激励もいただきました。
これについては、県庁側がマスコミにした説明に、すこし誤解もあったようですので、私の方からご説明したいと思います。
私が取り上げたのは、台風15号の復旧工事の中に疑念を抱かせるものがあったからです。空港の工事なんですが、たとえばその一つは、平成13年からずっと同じある会社が落札してきて、20年に完成。平均落札率は92%。その後2回壊れて、その都度復旧工事を発注しています。もちろんタダで直させるのではなく、お金は県庁、つまり県民の皆さまが払っている。それは、2回とも作った会社と同じ会社が落札しています。91%と87%で。つまり、毎回入札でやっているはずなのに、最初から最後まで同じ会社が落札して、補修も同じ会社が落札しているのです。
そして今回また壊れたと言うことで、12月補正予算で3回目の補修工事を出すことになったのです。
これは、少しおかしい。これまでのように、作った会社と直す会社が同じでは、壊れた原因が不可避なものかどうか分からない。隠そうと思えば隠せるわけです。さらに、本当にちゃんと入札が行われているのか。普通の感覚なら、おかしいと思うはずです。
これを指摘しながら、県庁の技術力低下が懸念されるので、対策を求めました。具体的には技術職員の研修の強化、民間の優秀な人材の中途採用、施行中の現場検査の強化や、いい加減な工事の受け取り拒否の徹底などです。
これに対して、県庁はやらないと言っているのではなく、担当は「現時点では問題のない入札だったと判断しているが、もういちど精査して、再発防止のための方策を検討する」と言ったとのことです。
ちなみに、川勝知事はわたしたちの会派室を訪問して、「あれ、ちゃんと調べて報告しますから。あれは知らなかった。きちんとやりますから。」と言って帰られました。総務部長も、「予算を作りながら、これは少しおかしい、何とかしないといけないとは思っていました。本会議でのご指摘ですので、何らかの対策をまとめます。」と言っていました。
ということですので、「問題はないのでやらない」と言っているわけではなく、今回の指摘を受けて検討に入ると言う事です。もちろん当日の指摘なので対策が決定したわけではないので、今の時点では具体策はない、といってしまったのでしょう。日本語は難しくて、少しの言葉のニュアンスの違いが誤解のもととなってしまいます。
いずれにしても、私は疑念や問題を指摘しながら、県庁の技術力強化を求めたわけですので、来年2月議会ではその報告を受け、今後の方向性について建設的な議論をしたいと思っています。
最高の静岡県を作るためには、最高の県庁職員をそろえなければなりません。そのためには、職員の能力強化と、民間から優秀な人材を登用して、県庁生え抜き職員との切磋琢磨をする環境づくりが不可欠です。人材面からも「県庁が変わった」「県庁が良くなった」と言ってもらえるよう、全力で取り組みたいと思います。
2011年12月16日
国政は父性、地方は母性
今日は野田総理が、福島原発の事故収束を宣言しました。
ステップ2(冷温停止)を達成したので、収束に至ったと判断した、とのことですが・・・そんなに甘いものでしょうか?私はこれまでいろんな方から学んできましたが、為政者とか、経営者というのは、状況判断は常にシビアでなくてはならないと思っています。私はあとあと大変なことにならなければいいが・・・と思っています。
細野大臣も、総理の発表を受けて、説明をしておられました。
細野さんと私は、同じ滋賀県の出身で、同じく静岡県で政治の仕事をする友人として、党派を超えて付き合ってきました。以前からこの男は大物になると確信していましたが、いま本当に良い顔になったと思っています。男らしい、政治家らしい顔になった、と思います。
私よりも1歳年上なのですが、その年齢で良くこれだけ重い仕事を受けておられる。おそらく家族も、自分の時間も、あらゆるものを犠牲にしてやっておられるのだと思います。この点では本当に頭が下がります。それに比べて私は・・・もう少し頑張らなければならないと反省しています。
説明も丁寧にされていて、福島の声を聞きながら一人でも多くの人が故郷に帰れるように・・・とおっしゃっていました。これはその通りです。
しかし一方で、細野さんだけに、私はもっと大きな期待をしてしまいます。それは、「本当の事」をはっきり告げる勇気です。これは、細野さんがウソを言っていると言うのではなく、「どうしようもないものは、どうしようもないのだ」というある意味冷徹になる覚悟を持っていただきたいと思っているのです。
おそらく多くの国民、これは福島の人たちも含めて、おそらくあの地域が帰れない地域であろうことは想像がついています。
少し考えればわかる事です。まずは年月です。3年たったら、5年たったら、10年たったら・・・高齢の方はどんどんなくなって行きます。また、壮年の方が高齢者になります。子供たちは大人になり、仕事や家族を持つようになります。そのような状態で、あの場所に帰って一からやり直せるでしょうか?これは非常に難しい。
あるいは、数年たって少しずつ帰れる地域が出来たとしましょう。数人あるいは数十人で帰って、町として再生できますか?そんな人数では商店も再生できず、生活に必要なものも用意できないでしょう。学校が用意できるか、子供は帰ってくるか。それ以前に、数年であっても放置された家は、もう家としては使えません。新しく新築するしかないのです。さらには道路などのインフラも地震で傷んでいます。
さらに言えば、福島の廃炉が完了するまで30年から50年と言われています。しかし本当にそうでしょうか。そもそも燃料が漏れだしている以上、30年や50年では近づくことすらできないかもしれない。そうすすと・・・あの地域の場合は、ひょっとしたら次の地震が来る時期に差し掛かるかもしれません。東日本大震災ほどではないにせよ、ボロボロの原発をもう一度地震と津波が襲えば・・・また振り出しに戻ることになるかもしれません。
総合的に考えると、「もう戻れません。あきらめてください。皆さんの土地は国で買い上げます。」というのが、政治家の本当の仕事なのかもしれません。というか、30年~50年たっても生きて日本を立て直してゆかなければならない、私たちの世代の政治家の仕事なのだと思います。
そもそもよく考えてみると、国政に必要なのは父性であり、地方の役割は母性でした。国は外国と交渉したり戦ったりしなければならない。また厳しい事も言わなければならない。何かを犠牲にしても日本全体のために冷徹な決断をしなければならない。昔の国政の政治家は、厳しいお父さんのような、そういう覚悟や使命感をもってやっておられました。
ただそれだけでは国民はもたない。だから地方自治体はきめ細かく住民に向き合ってきました。福祉や医療などの現場は常に地方でした。これは、まさに子供にいつも向き合うお母さんのようでした。私たち地方議員は、まさにお母さんのようにこまめに動き、現場の情報を集め、国のほころびの部分を丁寧に補正して政策を作ってきたわけです。
しかし今や・・・国会議員がリップサービスに走り、米つきバッタのように住民におもねって・・・全く父性というものを感じなくなりました。また、小選挙区制の導入によってその傾向はさらに顕著になりました。一票でも負けると落選してしまうので、今や国政は「右や左の旦那様」とばかりに、いろんな意見の人に迎合して、何の決断もできなくなってしまいました。
国会議員に本来求められるものが、多少の犠牲を押し切ってでも国のために決断する冷徹な勇気であり、自己犠牲を顧みない決断であり、命をかけての外国との交渉であるはずなのに・・・そういう父性がなくなってしまったのです。国会議員の選挙も、およそ強さや父性とはかけはなれた、極端な話が、個別の「かわいそう」で全体の発展を犠牲にする、政策としての本質を見誤るような意見を持った議員を選ぶようになったのです。お父さんのように厳しい決断をして、子供を大きく育てなければならないのに・・・やっているのは、「耳触りのいい言葉を吐いて」「言葉をぼかして」「少しでも批判が出ると立ち止まってしまい」「結果として先送り」というい政治になってしまいました。
もともと地方の役割は「やさしいお母さん」です。その地方ですら、そこまでひどくはありません。私の選挙区などは4人区ですから、いろんな局面ではっきりモノを言っても、多少強引に政策を進めても、それを一部の人に批判されたって落選しませんので、毅然とした態度で政治に臨めます。
それに比べると国政は・・・本当にだらしない有様です。
細野さんも、民主党政権の重責という立場があるのでしょう。しかし、できれば、「あと40年はこの世にいて、日本のために尽くさなければならない世代」の代表として、こうした「だらしない政治」を打ち破っていただきたいと期待しています。
これだけ日本が弱っている状況ですから、いまこそ国政に父性が必要です。日本の国政が強さを取り戻さないと、本当に日本が終わってしまうかもしれない。だらしない政治に引きずられて、日本全体がだらしなくなってしまったら・・・私は本当に強い危機感を持っています。
細野さんをはじめ、若い大臣の皆さんには、「本当の事」を言っていただきたい。
もう「耳触りは良いけど空虚」な言葉には飽きました。「あいまい」や「先送り」を「優しさ」だと勘違いしている人は少なくなったと思います。厳しいけれども、日本の将来を見越した決断をしていただきたいと思います。これは原発問題だけではなく、あらゆる分野についてです。
私は今こそ、厳格なお父さんのような、それでいて子供たちの将来を誰よりも静かに願っている、そういう政治が期待されていると確信しています。
ステップ2(冷温停止)を達成したので、収束に至ったと判断した、とのことですが・・・そんなに甘いものでしょうか?私はこれまでいろんな方から学んできましたが、為政者とか、経営者というのは、状況判断は常にシビアでなくてはならないと思っています。私はあとあと大変なことにならなければいいが・・・と思っています。
細野大臣も、総理の発表を受けて、説明をしておられました。
細野さんと私は、同じ滋賀県の出身で、同じく静岡県で政治の仕事をする友人として、党派を超えて付き合ってきました。以前からこの男は大物になると確信していましたが、いま本当に良い顔になったと思っています。男らしい、政治家らしい顔になった、と思います。
私よりも1歳年上なのですが、その年齢で良くこれだけ重い仕事を受けておられる。おそらく家族も、自分の時間も、あらゆるものを犠牲にしてやっておられるのだと思います。この点では本当に頭が下がります。それに比べて私は・・・もう少し頑張らなければならないと反省しています。
説明も丁寧にされていて、福島の声を聞きながら一人でも多くの人が故郷に帰れるように・・・とおっしゃっていました。これはその通りです。
しかし一方で、細野さんだけに、私はもっと大きな期待をしてしまいます。それは、「本当の事」をはっきり告げる勇気です。これは、細野さんがウソを言っていると言うのではなく、「どうしようもないものは、どうしようもないのだ」というある意味冷徹になる覚悟を持っていただきたいと思っているのです。
おそらく多くの国民、これは福島の人たちも含めて、おそらくあの地域が帰れない地域であろうことは想像がついています。
少し考えればわかる事です。まずは年月です。3年たったら、5年たったら、10年たったら・・・高齢の方はどんどんなくなって行きます。また、壮年の方が高齢者になります。子供たちは大人になり、仕事や家族を持つようになります。そのような状態で、あの場所に帰って一からやり直せるでしょうか?これは非常に難しい。
あるいは、数年たって少しずつ帰れる地域が出来たとしましょう。数人あるいは数十人で帰って、町として再生できますか?そんな人数では商店も再生できず、生活に必要なものも用意できないでしょう。学校が用意できるか、子供は帰ってくるか。それ以前に、数年であっても放置された家は、もう家としては使えません。新しく新築するしかないのです。さらには道路などのインフラも地震で傷んでいます。
さらに言えば、福島の廃炉が完了するまで30年から50年と言われています。しかし本当にそうでしょうか。そもそも燃料が漏れだしている以上、30年や50年では近づくことすらできないかもしれない。そうすすと・・・あの地域の場合は、ひょっとしたら次の地震が来る時期に差し掛かるかもしれません。東日本大震災ほどではないにせよ、ボロボロの原発をもう一度地震と津波が襲えば・・・また振り出しに戻ることになるかもしれません。
総合的に考えると、「もう戻れません。あきらめてください。皆さんの土地は国で買い上げます。」というのが、政治家の本当の仕事なのかもしれません。というか、30年~50年たっても生きて日本を立て直してゆかなければならない、私たちの世代の政治家の仕事なのだと思います。
そもそもよく考えてみると、国政に必要なのは父性であり、地方の役割は母性でした。国は外国と交渉したり戦ったりしなければならない。また厳しい事も言わなければならない。何かを犠牲にしても日本全体のために冷徹な決断をしなければならない。昔の国政の政治家は、厳しいお父さんのような、そういう覚悟や使命感をもってやっておられました。
ただそれだけでは国民はもたない。だから地方自治体はきめ細かく住民に向き合ってきました。福祉や医療などの現場は常に地方でした。これは、まさに子供にいつも向き合うお母さんのようでした。私たち地方議員は、まさにお母さんのようにこまめに動き、現場の情報を集め、国のほころびの部分を丁寧に補正して政策を作ってきたわけです。
しかし今や・・・国会議員がリップサービスに走り、米つきバッタのように住民におもねって・・・全く父性というものを感じなくなりました。また、小選挙区制の導入によってその傾向はさらに顕著になりました。一票でも負けると落選してしまうので、今や国政は「右や左の旦那様」とばかりに、いろんな意見の人に迎合して、何の決断もできなくなってしまいました。
国会議員に本来求められるものが、多少の犠牲を押し切ってでも国のために決断する冷徹な勇気であり、自己犠牲を顧みない決断であり、命をかけての外国との交渉であるはずなのに・・・そういう父性がなくなってしまったのです。国会議員の選挙も、およそ強さや父性とはかけはなれた、極端な話が、個別の「かわいそう」で全体の発展を犠牲にする、政策としての本質を見誤るような意見を持った議員を選ぶようになったのです。お父さんのように厳しい決断をして、子供を大きく育てなければならないのに・・・やっているのは、「耳触りのいい言葉を吐いて」「言葉をぼかして」「少しでも批判が出ると立ち止まってしまい」「結果として先送り」というい政治になってしまいました。
もともと地方の役割は「やさしいお母さん」です。その地方ですら、そこまでひどくはありません。私の選挙区などは4人区ですから、いろんな局面ではっきりモノを言っても、多少強引に政策を進めても、それを一部の人に批判されたって落選しませんので、毅然とした態度で政治に臨めます。
それに比べると国政は・・・本当にだらしない有様です。
細野さんも、民主党政権の重責という立場があるのでしょう。しかし、できれば、「あと40年はこの世にいて、日本のために尽くさなければならない世代」の代表として、こうした「だらしない政治」を打ち破っていただきたいと期待しています。
これだけ日本が弱っている状況ですから、いまこそ国政に父性が必要です。日本の国政が強さを取り戻さないと、本当に日本が終わってしまうかもしれない。だらしない政治に引きずられて、日本全体がだらしなくなってしまったら・・・私は本当に強い危機感を持っています。
細野さんをはじめ、若い大臣の皆さんには、「本当の事」を言っていただきたい。
もう「耳触りは良いけど空虚」な言葉には飽きました。「あいまい」や「先送り」を「優しさ」だと勘違いしている人は少なくなったと思います。厳しいけれども、日本の将来を見越した決断をしていただきたいと思います。これは原発問題だけではなく、あらゆる分野についてです。
私は今こそ、厳格なお父さんのような、それでいて子供たちの将来を誰よりも静かに願っている、そういう政治が期待されていると確信しています。

