最近テレビから情報収集していると、映像って本当に伝えることが多いことに気づきます。
東京電力の担当者や、政府関係者の会見を見ていると、本当に大丈夫かな?と疑いたくなる気持ちになりますね。
彼らが良く使う言葉が、「想定外でした」というものです。
どうやら、これを言えば許されると思っているようで・・・。
想定内のことを対処できなかった場合は「ミス」とされるが、想定外のことはできなくて当たり前なので、ミスにならない・・・こういう、大企業やお役所特有の「減点主義」の人事と、その仕組みの中で上に上がってきた方々特有の感覚なのかもしれません。
しかし、本来政治家や、企業のトップ、経営者というかたがたは、想定外の事態に対処するために存在しています。想定内のことしかやらないのなら、そんなに高給をとって、多くの部下を抱える必要はありません。いろんな場面で想定外の出来事は起こるものです。それに対応する能力が普通の人、他の人よりも抜きん出ているので、政治家や企業経営者をお願いしている、というのが本来のはずです。
ところが有権者はそのようにして政治家を選んでいるのでしょうか?政治家は想定外の事態に対応するようなトレーニングができているでしょうか?私自身も、不十分であると反省しています。
私は、放射能の危機以上に、日本は人材の危機なのかもしれないと思いました。
政治家も、重要な企業のトップも、その立場に必要な能力を身につけるための、トレーニングの仕組みがありません。こうした危機に毅然と対処できるような、能力や胆力を鍛える仕組み、人材を育て作り出してゆく仕組みがないのです。
結果として、危機対応能力のない方、捨て身で国を守る覚悟がない方が、日本のトップにたってしまうことになります。これは、今の総理大臣だけではなく、過去も含めて同じことです。
仕組みがないのなら、自分で鍛えるしかありません。私もいろんな場面で何ができるのか、少しでも鍛えられる方法は何なのか、よく考えながら行動したいと思います。一方で私は、走りながら考えることがあり、思慮の深さが不十分なまま行動に移してしまうことは場合によっては危険なので、これは私の弱点としてしっかり克服したいと思います。
政治家の本来の仕事は、「想定外の事態に対応すること」です。
「想定内のことを、言われたとおり、しきたりの通りにこなすこと」ではありません。想定外の事態がいろいろ起きている今こそ、政治家が真価を問われる瞬間だと思います。
「想定外の事態に対し、的確な判断をすばやく下し、最小の被害に導くこと」こそ、政治家の本業だと肝に銘じて、これからも研鑽を深めたいと思います。
考えてみれば、動物の世界でも、「あいつについていったら死なないですむ」と思われている「生存能力の高い個体」が、群れのリーダーだということですから。
私も県議として、予想されている東海地震が発生したとき、一人でも多くの命を助けられるよう、悲しい思いをする県民を一人でも減らせるよう、今回の地震の情報をしっかりと収集し、分析し、県の危機管理政策に生かしてゆきたいと思います。
今回の福島原発事故が深刻化しているのは東京電力と政府のトップの引き起こした人災だと思います。
静岡にも浜岡原発があり1号機2号機については1970年代に建設されたもので廃炉になっているはずですが、使用済み燃料が入っているのではないかと思います。活断層の上に建設されているようですから地震が起きた時にはどうなるのか検討がつきません。
テレビで見る限りでは中部電力が防御壁を作るとのことですが、それは津波の対策でしかありませんし、実際砂丘に作った防御壁が津波に耐えうるのか疑問です。現在、稼働中のものも含めて原発の見直しをして欲しいと多くの県民は今回の原発事故で思っていると思います。
コメントありがとうございます。
おっしゃるとおりですね。
私も、中部電力が防波堤の増築など、そんな小手先の対応でお茶を濁そうとしているとすれば、考え方を改めてもらいたいと思います。
ちなみにそんな程度の対応では、私は絶対にゴーサインを出しませんので、ご安心とご協力をいただければと思います。
まだ事故が続いており、今回の災害の総括はできておりませんが、冷却機能の確保が重要であることは、皆さん一様に感じておられると思います。
ですから、バックアップ電源を少し離れた裏山に設置し、電源ケーブルを3重、4重に張り巡らせて、安全性を高める。冷却ポンプを複数設置して、一機ダメになっても別のポンプが稼働するように設備改修する、などの対応が必要ではないでしょうか?
いずれにしても、今回の事故の総括が出た時点で、浜岡の安全性はこれまで以上の対応を求めます。さらに2重、3重上乗せした対応ができない場合は、原発の稼働を認めない、と言うくらいの強い姿勢で臨みます。
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